浮世絵にみる 神戸ゆかりの「平清盛」 第7回

中右 瑛

源平外伝 強弓の暴れん坊・為朝伝説

源氏の棟梁・源為義の八男で、源氏の暴れん坊とも言われた弓の名人・源為朝(1138~1170?)は、江戸時代になって、荒唐無稽なSF小説・曲亭馬琴著『椿説弓張月』に稀代の豪傑として登場している。その小説の、前回に続く「源平外伝」第2弾である。為朝は義朝の弟で、頼朝の叔父にあたる。
九州一円を治め、鎖西八郎の異名をとった為朝は、平氏討伐のため、妻・白縫や子の舜天丸ら、一族郎党を引き連れ京に出立した。瀬戸内の穏やかな海を往く一行の船。
ところが、讃岐の沖あたりで一転にわかに空は曇り、暴風雨に見舞われた。浪は逆巻き、船は大きく揺さぶられ、沈没しそうになった。妻の白縫は浪を鎮めるために海へ身を投じたが、浪は一向に治まらず、海は荒れ放題、子の舜天丸、家来の喜平次らも海に投げ出された。船は難破寸前の危機。
「もはやこれまで…」
為朝は自決せんと決意したとき、大荒れの海中からこつ然と巨大な鰐鮫が現れ、舜天丸と喜平次を自分(鰐鮫)の背にしがみつかせ救った。
一方の為朝にも不思議な奇跡が起こった。どこからともなく、烏天狗の一群が現れ、自決しようとした為朝を制し、危難を救った。為朝、白縫、舜天丸らは救われたのだ。
烏天狗ら眷属の輩どもの出現は、白河法皇に追われ讃岐に籠った法皇の弟の崇徳上皇の命令だったという。『保元の乱』(1156)では、為朝は崇徳上皇方に加担したのだが、共に敗北した。為朝救出劇は加担してもらった恩義に報う崇徳上皇の情けであった。宇宙からの飛来者・烏天狗の登場は江戸SF小説の先駆けで、奇想天外な発想。馬琴小説の面白いところだ。
小説では、このあと為朝は琉球に漂着。そこから波乱万丈の物語に発展する。
実録では、「保元の乱」のあと、伊豆大島に流され、波乱万丈の生涯を終えたと伝えられているが生涯はミステリーに包まれている。豪勇を伝える伝説のみが膨らんで壮大な英雄像に作り替えられたのである。

図は、『椿説弓張月』の山場のシーンである。3枚続きのワイド画面いっぱいに巨大な鰐鮫が描かれ、その背には喜平次が舜天丸をしっかりと抱きかかえて守護している。波間に漂う白縫。船の為朝は自決寸前。見どころは、巨大な鰐鮫の表情にある。見開いた異常な目玉。大きな口。細やかな抽象模様の鱗、なかでも、読者には見えぬ宇宙からの飛来者・烏天狗たちを白抜きの画面にして、四次元の世界を表わし、見るものを超現実の世界へと誘う。四次元を具現化した「白い空間」技法などが、新しい表現として高く評価されている。
荒唐無稽な物語の決定的瞬間を江戸時代の浮世絵師・歌川国芳はダイナミックな劇画調に表現した。劇画のルーツであり、国芳が江戸の劇画家といわれる所以である。
江戸時代の講談や冒険小説では、清盛は悪役を演じたが、為朝や義経らはスーパー英雄として登場している。
絵が描かれた幕末はエロ・グロ・ナンセンスの時代。荒唐無稽なSF、冒険小説には、底抜けの明るさとロマンがある。モンスターが出没し、それに立ち向かうスーパーヒーローたち。現代で言うなら『スターウォーズ』や『スーパーマン』といったものだろうか。

歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」

歌川国芳「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」

中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。


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目次 2012年7月号