ROAD to神戸マラソン 2012

地元神戸でマラソンを走るということ

シスメックス株式会社 山本 泉
42.195㎞。マラソン未経験の私にとっては途方もない距離でした。しかし昨年11月、私は神戸マラソンのゴール地点に立つことができました。
4月に入社し、シスメックスが神戸マラソンに特別協賛していることを知った私は、なかば勢いでフルマラソンに応募しました。当時は15㎞以上走ったことがなく、ダイエット目的で家の周りを走るだけといった状態。しかし、出場するからには完走したいと思い、トレーニングを開始しました。とは言っても結局、当日まで20㎞以上走ったことがなく、不安と緊張でいっぱいのまま私の神戸マラソンは始まりました。
周りの空気に後押しされ、25㎞地点までは快調に走ることができました。しかし25㎞を過ぎると、どんどん足は痛くなり思うように体が動かず、苦しい時間が始まりました。「もうやめたい…。」そんな私の足を前に進めてくれたのは、神戸の街の風景と、沿道の方々の力強い応援でした。
阪神淡路大震災当時、私は小学校1年生で、長田区で被災しました。家の窓から見た、赤い空・廃墟のようになった街の姿は今も心に焼き付いています。あれから16年。見違えるほど綺麗になった神戸の街を社会人となった自分が走っている。何とも言えない喜びと、復興に尽力された方々への感謝の気持ちが、私の力となりました。また、沿道の方々の応援は常に絶えることがなく、私の背中をゴールまで押してくれました。ゴールして改めて、「神戸に生まれ住んで良かったなぁ」と心から感じました。
はじめは特に深く考えずに参加した神戸マラソンは、感謝の気持ち、神戸を愛する気持ちを思い出させてくれました。今年で2回目の神戸マラソンも、この気持ちを忘れずに参加したいと思っています。

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第2回神戸マラソン
スペシャルゲスト

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高橋 尚子
(たかはしなおこ)
岐阜県出身。中学から本格的に陸上競技を始め、県立岐阜商業高校、大阪学院大学を経て実業団へ。1998年名古屋国際女子マラソンで初優勝、以来マラソン6連勝。2000年シドニー五輪金メダル、2001年ベルリンでは世界記録(当時)を樹立。2008年10月現役を引退。現在は「高橋尚子のスマイル アフリカ プロジェクト」や環境活動、スポーツキャスター、JICAオフィシャルサポーターなどで活躍中。
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有森 裕子
(ありもりゆうこ)
 岡山県出身。就実高校、日本体育大会を経て(株)リクルート入社。1990年大阪国際女子マラソンで初マラソン日本最高記録を樹立。1992年バルセロナオリンピックでは銀メダル、1996年アトランタオリンピオックでは銅メダルを獲得。2007年2月『東京マラソン2007』で現役を引退。現在はNPO法人「ハート・オブ・ゴールド」代表理事、公益財団法人スペシャルオリンピックス日本 理事長など、幅広く活躍中。

もらう元気とあげる元気!感謝の大会

株式会社フェリシモ 荒岡芳彦
0・1・2の数字3文字だけで構成された2011年11月20日、「感謝と友情」というテーマにふさわしい第1回神戸マラソンが開催されました。前日が雨だったので心配していたお天気も、この大会を祝福するかのように快晴となり、気温も走りやすい条件となりました。勤務地である地元神戸のフルマラソンということで、絶対参加したかったのと、自身3回目のフルマラソンということで、念願のサブ4(4時間以内の完走)を目標に練習を積んできました。
いつも感じるのですが、あのスタート直前の緊張感!何とも言えないんですよね!神戸市役所前でその瞬間を迎えました。“ドーン”スタート直後は通勤の道がコースの一部となっていたのですが、この日は多くの応援の方々で埋め尽くされ、いつもと違った様子で迎えてくれました。南京町、神戸復興のシンボル「鉄人28号」、大漁旗を掲げた漁船団の須磨の海岸通りを通り、明石海峡大橋で折り返し、ポートアイランドのゴールへ。山と海をぜいたくに感じられる神戸らしいすばらしいコースで、すごく気持ちよく走れました。途中、何度も折れそうになった心も、沿道の応援の方々やエイドのボランティアの方々の暖かな声援に支えられ、何とか目標であったサブ4を達成できました。応援している方々からランナーが元気をもらい、それをエネルギーに走っているランナーを見て、応援している人も元気をもらう。本当に感謝という言葉を実感できるいい大会でした。
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目次 2012年6月号