老い盛 廣瀬忠子さん

廣瀬忠子さんの自叙伝が刊行!

激動の時代を生き抜き、85歳となった今なお活躍し続ける廣瀬忠子さんが、後世に自分の生きた姿を伝えるために本を出版した。
廣瀬さんは中国で生まれ、幼少期を海外で過ごしてきた。7歳の時に帰国し、伯父母のいる兵庫県芦屋市で暮らし始めるが、突如母親が急死。そのため、伯父母を両親として新しい人生を始めることとなった。医者であり、病院経営もしていた父豊一さんと全国婦人会の副会長として社会活動に尽力した母勝代さんの元で大事に育てられた。戦後は子どもの頃に培った国際感覚を生かし、アメリカとの橋渡し役として多くのVIPをもてなすなどの思い出を綴っている。
現在でも芦屋市婦人会長をはじめに、芦屋市立美術博物館館長など多くの要職をもち、活躍を続けている。多くの困難に直面しながら、苦労や悲嘆といった印象は全く感じられず、むしろ読み進めるうちに、廣瀬さんのたくましい姿に勇気づけられていくような一冊に仕上がっている。

翠巒会では会長を務める。コーラス部を結成。

翠巒会では会長を務める。コーラス部を結成。

2009年、生田神社に源平合戦の名場面を描いた六曲一双の金屏風を奉納。

2009年、生田神社に源平合戦の名場面を描いた六曲一双の金屏風を奉納。

20120507702

廣瀨 忠子(ひろせ ただこ)

春日町在住。昭和20年の芦屋市婦人会創立当初から役員と副会長を歴任、昭和55年から会長として活躍。日本ユネスコ協会連盟理事、芦屋ユネスコ協会会長、芦屋市赤十字奉仕団委員長、芦屋学園同窓会(翠巒会)会長、芦屋市立美術博物館館長など数々の要職を務める。


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目次 2012年5月号