あなたを輝かせる学校

啓明学院 理事長・院長
尾崎 八郎さん

―啓明学院の歴史を教えて下さい。
尾崎 1886年、アメリカ人宣教師のJ.W.ランバスとメアリー・ランバス夫妻が旧居留地に、現在の神戸栄光教会の前身、南メソジスト神戸教会を造りました。その2階にあった蔵書が若者を惹きつけたといいます。その後、息子さんW.R.ランバスも加わり「読書館」と名付けたのがパルモア学院の始まりです。それを母体にして男子校の関西学院、女子高のパルモア女子英学院など多くの学校が設立されました。パルモア女子英学院が1940年に啓明女学院と校名を変え、2002年、男女共学関西学院大学継続中高一貫校の啓明学院が誕生しました。
―ランバスファミリーですね。交流はあるのですか。関西学院には全員が進学するのですか。
尾崎 広島女学院、聖和大学、またランバス幼稚園、パルモア学院などと交流があります。関西学院へは生徒が望む限り推薦して、全員が進学する仕組みになっています。
―「啓明」に込められた意味は?
尾崎 啓明は金星。薄明りの中に太陽の光を受けて輝く星のように神様の光を受けて輝く人であれ…という思いが込められています。
―尾崎先生の三つの願いとは?
尾崎 一つ目は、聖書の言葉を引用すれば「求めよ、探せ、門をたたけ」。お父さんやお母さんに言われるのではなく、自発的にテーマを見つけて学習しようということ。二つ目は、全てをひとごと他人事でなく我が事として受け止め、自己中心ではなく他者中心の心を身につけてほしいということ。「もし私があなたなら」と自分の価値観を押し付けるのではなく、相手の立場に立って思いやる心です。三つ目は、神様に愛され友情に包まれた者として、何事にも自己責任を負える誇り高い心を身につけてほしいということです。
―ちょうど思春期の6年間。子どもたちは大きく成長するのでしょうね。
尾崎 高校卒業時に実施する個別面談で、生徒自身が、「15歳の節目で考え方や行動が大きく変わった」と言います。自分中心から他人のことを考えられるようになったということを自覚しているようです。啓明では、キャンプや合宿など共同作業の機会を多く設けていますので自覚できるようになるのではないでしょうか。もう一つは、チャレンジを意識できるようになること。誰かがやってくれるだろうと逃げていたことも、自分でやるようになったと言います。この二つは大きな成長だと思います。
―先生は6年間持ち上がりですか。
尾崎 先生の入れ替わりもありますから完全ではありませんが、できるだけ主軸になる先生は6年間持ち上がるようにしています。中高一貫して子どもたちの成長に関わらせてもらおうというのが基本方針です。
―男子校の関西学院が長かった尾崎先生ですが、女子もいる学校はどうですか。
尾崎 私は関西学院で育てていただき、恩返しができるのならばと、大学卒業後も関西学院で教鞭をとりました。中学校以来、男ばかり。男の子は単純で分かりやすいけど、女の子は複雑で分かりにくいですね(笑)。私は子どもを褒めるときは、「よおやった!」と抱きしめてしまいますが、女子生徒にはできませんね。
―さて、新入生が入ってくる4月です。これからの啓明学院について、そして新入生へ贈る言葉をお願いします。
尾崎 関西学院との連携を持ちながら啓明生として育って欲しいと思っています。時代と社会が難問をかかえ、あてにするのは君だとチャレンジしています。それにレスポンスするところから、我々のチャレンジが始まります。
 自分から気持の良い挨拶ができる人になってほしい。誰もが認める啓明の校風です。そして喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣ける人になりたいものです。

1886年、J・W・ランバスは、啓明女学院の前身であるパルモア学院を建学。1940年、校名を「啓明女学院」と改称した。

1886年、J・W・ランバスは、啓明女学院の前身であるパルモア学院を建学。1940年、校名を「啓明女学院」と改称した。

2002年、関西学院大学まで中・高・大十年一貫教育を行なう共学の「啓明学院中学校」が発足。2005年には「啓明学院高等学校」として新たなスタートをきった

2002年、関西学院大学まで中・高・大十年一貫教育を行なう共学の「啓明学院中学校」が発足。2005年には「啓明学院高等学校」として新たなスタートをきった

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尾崎 八郎(おざき はちろう)

啓明学院 理事長・院長
1941年、京都府綾部市生まれ。1963年、関西学院大学文学部史学科卒業。1964年、関西学院中学部教諭。1995年、関西学院高中部長。2001年、啓明女学院高等学校・啓明女学院中学校校長(2005年に啓明学院中学校・高等学校に校名変更)。2010年、学校法人啓明学院理事長・院長。日本私立中学高等学校連合会評議員。


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目次 2012年4月号