浮世絵にみる  神戸ゆかりの「平清盛」第3回

「源平合戦」にみられる源氏、平家の盛衰は誠にドラマチックである。こうした源平合戦絵は江戸時代になって浮世絵にも登場したのだ。NHK大河ドラマ「平清盛」で注目されているこの機に、神戸ゆかりの清盛に焦点を当て、福原遷都、経が島伝説、源平合戦などの浮世絵をご紹介しよう。

中右 瑛

安芸・厳島神社に弁財天あらわる

信心深い清盛が生涯崇め奉った安芸の厳島(いつくしま)神社。その神社には、清盛の官位昇進・出世にまつわる不思議なエピソードが秘められている。
若き清盛が安芸守(1146〜56)だった頃、ときの帝・鳥羽院から高野山の大塔の修理を命じられた。六年もかかる大修理を終えた竣工の日、清盛は高野山奥の院で不思議な老僧に出会った。

「荒廃した安芸の厳島神社を修復せよ!さらば貴殿の官位昇進は叶うであろう……」

老僧はそう言って姿を消した。
清盛は老僧のいわれるまま荒れ果てた厳島神社の大修理にとりかかった。社殿から大鳥居に至るまで、大改装、それに百八十間の大スケールの回廊を新造したのである。壮大な社殿、赤く彩った回廊、大鳥居等は清盛の改修時代のもので、華麗で煌びやかな面影が今も残っている。
その完成の夜、またまた奇怪な事が起こった。
回廊の前の海がにわかに騒ぎ出し、波が逆巻き、波の下から美しい弁財天が姿を現したのだ。

「汝はこの剣で天下を鎮め、朝廷の守りとなれ!しかし、悪逆無道はならぬ……」

と、弁財天は言って消え伏せた。
清盛は弁財天の戒めに我にかえった。弁財天は夢であった。しかし、清盛の枕元には蛭(ひる)巻きの小長刀(なぎなた)が残されていたのである。清盛はそれを家宝として厳島に納め、生涯崇め奉った。
清盛はそれ以来、官位昇進し、出世街道を突っ走った。破格の出世をし、ついに天下平定の夢が叶えられたのである。
しかし、武門と公家との権力の奪い合い、道理をわきまえぬ横暴、悪逆無道に、周囲からは忌み嫌われたのだ。
「悪行はならぬ!」と言った弁財天の戒めは守らなかったのである。

清盛の悪のイメージは、妖怪や化け物に揶揄され、次回は、世にもまれなる妖怪「鵺(ぬえ)」の話をさせていただく。

〈予告〉
展覧会
「浮世絵にみる源平合戦」 4月5日(木)~24日(火)
アートホール神戸(JR・阪神「元町」より徒歩約1分)
入場無料
電話078・331・9968

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「安藝宮島弁財天 真体をあらわし清盛が威勢をくぢく」歌川芳虎

「安藝宮島弁財天 真体をあらわし清盛が威勢をくぢく」歌川芳虎

中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。
1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。


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目次 2012年3月号