桂 吉弥の今も青春 【其の二十一】

師匠の奥さんのはなし

新しい年を迎えまして、本年吉弥は厄年でございます。いろいろと気をつけないといけませんねえ。本厄の男でございますから。
昨年はうちの師匠・桂吉朝の七回忌でございました、もう丸六年ですよ早いですねえ。よく「お通夜から葬儀までやることが沢山あって、ばたばたしているうちに見送ることが出来るから。悲しいとか言うてる間も無いでしょ」というようなことを聞きませんか。師匠がいなくなって悲しいけれど悲しんでる間はない、落語家は次の日から高座に上がってお客さんに笑ってもらわないといけません。加えて、ラジオでしゃべりテレビで演技し・・・という歩みを止めることなく来た六年間でした。周りの皆さんのおかげで悲しみに溺れることなく、今「あっという間でした」なんて書くことができるのは幸せ者です。
七回忌の法要の前に吉朝の残した弟子七人で話をする機会があったのですが、七人ともそんな気持ちだそうです。上から、あさ吉・吉弥・よね吉・しん吉・吉坊・佐ん吉・吉の丞、とにかく懸命に走ってきたと。師匠が生きてはったら独演会なんてしんどいことしてなかった、こんなにネタ数も増えてなかったと異口同音に。いてはったらやっぱり甘えてしまいますもんね。もちろん吉朝が残してくれた落語やお客さん等の環境があってこそ我々はやってこれたのですが。自分たちで言うのもなんですが、吉朝一門は結構たくましくなっていると思います。
そんな我々をずっと支えてくれていた師匠の奥さんが彼岸へ旅立ちました。二年ほど前から病気はしてはったんですが、二〇一一年十一月二十七日に亡くなりました。息子の書いた師匠の本が出版され、映像のボックスが発売になり、国立文楽劇場での追善会があり、映画館で師匠の落語が流れた次の日、つまり桂吉朝七回忌に合わせたイベントが全て世に出たのを見届けたかのように師匠の元に行きはりました。残念です、ほんと残念です。出方だった師匠は皆さんからも思い出してもらえる、でも奥さんは内側の人。私が書くことで皆さんに「こんな素敵な人がおったんや」と思ってもらいたいんです。
奥さんはいつも機嫌良くニコニコしてはりました。師匠の神経質なとこを補うように懐深く構えてはりました。私ら住み込み修行は米朝宅でしていましたから会うのは落語の稽古の時だけ。稽古前の緊張感たっぷりの中、お茶を入れてくれはりました。「あんたら米朝師匠のとこでせんど用事やってるんやろ、この家に来たら稽古のことだけ考えたらええのよ。お茶は私が入れたげるさかい」と。その時のお茶の熱さかげんといい濃さといい美味しかったこと、抜群にうまいお茶でした。
うちの師匠のことが大好きで、でも「私は芸のことはわからんねん」と控えめで。「うちのお父さんて人気あるんやなあ・・・でも家の中ではうっとうしいおっさんやで」と吉朝を評し笑わせてくれる。弟子が落語で悩んでる時は「楽しくやったらうけるんちゃうの」と笑顔で大胆に背中を押してくれはるような人でした。家で一緒に住んでいないから「内弟子さんにどうやって接したげたらええのか、わからんのよ」といつも考えてくれてた。もうそこにおってくれるだけでいい、そんな存在の人でした。「お客さんは大事よ」「家族は大切にしいよ、みんな元気にしてるん?」「身体に気をつけて」「吉弥君タバコやめや」普通のことをちゃんと言うてくれはる。
『落語のことは分からない、巧いとか下手とか売れるとか売れないとか。でも人としてちゃんとしなさいよ』ということを奥さんは言いたかったと思うんです。師匠がいなくなってからも奥さんがいてくれたから背筋を伸ばせてたんですが・・・。私達には落語の師匠も人としての師匠もいなくなってしまいました。
さあ!吉弥、シャンとしなけりゃなりません。師匠と奥さんは二人仲良く天国から見ててくれはるでしょう。奥さんありがとうございました、二人でお幸せに!
20120102201

KATSURA KICHIYA
桂 吉弥 かつら きちや

昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説
「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」
土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」
水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」
月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」
土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞


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目次 2012年1月号