神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第64回

剪画・文
とみさわかよの

ヴァイオリニスト
北浦 洋子(きたうら ようこ)さん

 

スポットライトの中、ヴァイオリンを構える北浦洋子さん。しなやかに弓が弾むと、くっきりとした輪郭の音が響き渡ります。膨らみ、退き、また満ちるその音色はまるで潮のよう。ほっそりした女性が小さな楽器を奏でているとは、とても思えません。近年はブルガリア国立フィルハーモニー管弦楽団のゲストコンサートマスターとして招かれるなど、海外でも活躍中の北浦さんにお話をうかがいました。

―ヴァイオリンとの出会いは?

 子どもの頃、兄が習っていた教室へついて行ったのがきっかけですね。と言っても我家が音楽一家だったわけではなく、どちらかと言うと親族は医師が多いでしょうか。父も神戸市立中央市民病院の副院長や、しあわせの村の病院長をしていました。兄は中学受験のため楽器はやめてしまい、今は海外赴任のエンジニアです。音楽家になったのは、私が最初なんですよ。

―幼くして音楽に目覚めたわけですか。

 もうとにかく弾くのが好きで、中学時代まではピアノもやっていました。音楽高校に進み、ピアノを続けるか、ヴァイオリンを続けるかを選択する時、選んだのがヴァイオリンでした。ヴァイオリニストならソロはもちろんのこと、室内楽もできる、オーケストラの一員にもなれるのが魅力に思えて。結果、そのすべてをやったことになります。

―音高から音大へ進んだ後、海外留学もされています。

 大阪音楽大学の附属高校から音大へ進み、卒業後にハノーヴァー国立音楽大学大学院に留学しました。ザルツブルグやエジンバラ、アッシジ、テーゲルンゼーなどの講習会の終了演奏会に出演したり、イスラエル各地で演奏旅行もしました。帰国後は関西のオーケストラと共演を重ねました。私には音楽しかありませんから、それをやるしかなかったですね。

―神戸市室内合奏団にも長く在籍されています。
 1983年から10年間、コンサートマスターを務めました。神戸市文化奨励賞をいただいたのもこの時期です。その間もドイツへ行ったりしていましたが、どうしてもひとりでもう一度勉強したい思いが募って…。2008年に文化庁在外研修員としてイギリスへ渡った時は、周囲が「その年齢でまだ行くの?」と呆れました。その後も2010年から2年間は、ロームミュージックファンデーションの音楽研修生としてイギリス・ドイツに留学。得るものは大きかったです。

―学ぶために、失ったものもあるのでは。

 確かに今ある仕事を人に任せて留学するのは、なかなか勇気が要りました。それにもう、ヴァイオリンだけ弾いていればいい年齢ではありません。子育てや親の世話といったことを背負わなくてはなりませんから。でも海外で習得するものが、若い時と全然違うんです。ひとりになって、これまでにやっていない曲に取り組むことを自分に課して、「弾くしかない」環境を作って、演奏家としてとても幸せな時間でした。

―これからのご自身の活動について抱負を。

 まずは自身の演奏活動、室内楽にいろいろ取り組んでいきたい。神戸ビエンナーレ2015でも演奏します。それから後進の指導にも力を注ぎたい。国内の大学でも教えますし、東ドイツのゾンダスハウゼンでの夏期講習会は、これからも続けるつもりです。
           (2015年2月24日取材)

 

どこまでもまっすぐ目標に突き進む北浦さん。華やかな舞台の裏で、常に自分を磨くことを怠らない方でした。

とみさわ かよの

神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。


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目次 2015年4月号