触媒のうた 9

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字 ・ 六車明峰

一平さんの写真を一目見た宮翁さん、

「似てるわ~っ!そっくりや。ほ~~~っ。親子やねえ~っ」
翁の驚きは半端ではなかった。懐かしい昔が噴き上げるように思い出されたのだろう。
「おいカアサン、ちょっと!」と奥様を呼ばれた。
「これ見てごらん。イワタの子どもの一平君だって」
それを見た奥様、
「うわ~~っ、似てるねえ~!」
お二人で涙を流さんばかりだ。
「岩田君は亡くなってるんでしょ」と奥様。
「うん、61年に死んでるわ」
「ああ、もう随分前なんですねえ」
「ぽわ~んとうちに来て坐ってたんですよ。お父さんかお母さんが死んだ、とか言って、そのまま居ついてしまったんと違ったかなあ」
ほんとにお二人とも懐かしそうである。60年以上ですからねえ。
翁、わたしがお持ちした画集、『ペンダコの唄』のページを繰りながらつぶやかれる。
「当時、国際新聞でしたが予算がなくて、かわいがってもらってた秋田実さんに泣きついてロハで小説を書いてもらってました。忘れもしない「メエメエハナハナ」という題でした。それの挿絵も彼に描かせましたが、これには面白い逸話がありましてね」
宮翁さん、当時京都にお住まいの秋田さんのお宅に毎朝原稿を頂きに通ったのだと。原稿は一日で印刷の準備が出来るが、絵は一日余分にかかる。だから予め先に絵を用意するのだと。これを「絵組み」というと。
「秋田さんに明日の挿絵は?と聞いたら、うん、そうだな、女が財布を出してるとこや、と。で、社に帰ってイワタに、洋服の女がハンドバッグから財布を出すところの絵を描いてもらったんですよ。ところが翌日、原稿をもらったら和服の女になってたんです。そんなことも思い出しますね」
改めて画集を見ながら、
「歳をとるとこうして円熟してくるんですねえ。ああ、涙が出て来るからもう見ないことにしよう。いいもの見せていただきました」と本を閉ざされた。
「頭のいい子でしたねえ。東京府立(現・都立)第一商業出身でね、この学校は優秀だったんですよ。だけど僕が知った時には大酒のみでね、よく困らされたもんです。いつだったか、原稿料を渡した時のこと。当時はたしか十円札だったんですが、分厚い束にして「落とすなよ」と言って渡したんですよ。風の強い日でね、そのあと、飲みに行った帰り、歩きながら、何してるんだと思ったら、お札をつまんでは空に向かって投げてるんですよ。次から次と。僕、あわてて集めてまわったけれど、ほとんど飛んで行ってしまったということがありました。そんな風に困らされることが多かったけど、なぜか憎めなくてね」
笑顔で話す翁、本当に愛すべきやんちゃの弟と言った感じである。

わたし、このイワタタケオのご子息、岩田一平さんに連絡を取った。『ペンダコの唄』に載っている一平さんの「漫画家イワタタケオのこと」という文章をお借りしたいと思ったからだ。
―略―
「父の右手中指には、富士山の形をした大きなペンダコがあった。タコの頂上は火口のようにえぐれ、そこに黒いインクが染み込んでいた。」
―略―
「いつも背中を丸め、たばこの煙をモクモクふかしながら漫画を描いていた。一晩、二晩と徹夜で仕事をやったあとは、きまって、堰を切ったように酒をカッ食らった。へべれけになることも少なくなかった。
「破滅型やったんね」
母は苦笑しながら言う。
やがて体を壊した。糖尿病に高血圧、結核。それでも漫画は描き続けた。しかし1980(昭和五十五)年秋、脳梗塞で入院してから、筆をとれなくなった。
闘病生活五年半。1986年二月二十七日、肺炎をこじらせ、呼吸不全のため、亡くなった。
葬式には小島功さんやサトウサンペイさん、砂川しげひささんたち、漫画家仲間が多数、参列してくださった。
「ガンちゃん(父のアダ名)、あの世で待っていておくれ」
小島さんが弔辞を述べてくれた。
脳梗塞に倒れてから三、四年たったころか、ふと父の右手を見ら、あのペンダコがすっかりへこんでいた。それがむしょうに寂しかった。」

やっぱりお酒はやめられなかったのだ。それにしてもこの文章は「へべれけ」などという言葉を使いながらも、親子とはいえ愛情にあふれている。宮翁さん夫婦と同じだ。人間臭い欠点がありながらも、愛すべき人だったのだ。

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掲載の写真は、タケオのご子息、岩田一平氏の著書『縄文人は飲んべえだった』。その表紙絵はイワタタケオ。タケオは埴輪を好んで描いたという。

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。喫茶店《輪》のマスター。
出石アカルブログ http://akaru.mo-blog.jp/akarublog


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目次 2011年11月号