連載 浮世絵ミステリー・パロディ ㉞ 吾輩ハ写楽デアル

中右 瑛

『浮世絵類考』について

吾輩の素性についての記録は少ない。当時の美術年鑑ともいうべき『浮世絵類考』が唯一の記録書である。しかし、それとて吾輩の素性については一切触れていない。
寛政十年(一七九八)ごろの『浮世絵類考』には次のように記されている。
「写楽、是また歌舞伎役者の似顔を写せしが、あまり真をかかんとてあらぬさまにかきなせし故、長く世に行はれず、一両年にして止ム」
これは吾輩と同時代の人物、大田南畝や山東京伝らのメモから書き写されたものといわれ、吾輩に関する記録の最も古いもので、これが原本となっているのである。
そのあと式亭三馬が、文政元年(一八一八)ごろ「写楽の項」で次のような補足を入れた。
「三馬按ずるに、写楽号東周斎、江戸八丁堀に住す、僅に半年余行はるるのみ」
ここではじめて吾輩の居住地が明示された。号東周斎は東洲斎のまちがいで、三馬の誤記と思われる。
ここで「三馬按ずるに」とあるのは、三馬が思うには、という意味であるが、「江戸八丁堀に住す」という住居記述は、何を根拠に三馬が補足したのか今もってわからない。
天保四年(一八三三)、浮世絵師でまた著述本も多い池田英泉が、自著『无名翁随筆』に、
「写楽□年の人、俗称、号東洲斎、住居八丁堀、歌舞伎役者の似顔を写せしに、あまりに真を画かんとてあらぬさまに書きなせしかば長く世に行れず一両年にして止む(類考)、三馬云僅に半年余行るるのみ、五代目白猿幸四郎(後京十郎と改)、半四郎、菊之丞、富十郎、広治、助五郎、鬼治・仲蔵の顔を半身に画きたるを出せし也」
と記している。これは、今までの『浮世絵類考』や『三馬按記』などを総合したものである。
そうして弘化元年(一八四四)、斎藤月岑(げっしん)の『増補浮世絵類考』の吾輩の項には、次のような記述がされているのである。
「写楽、天明寛政年中の人、俗称斎藤十郎兵衛、居江戸八丁堀に住す。阿波侯侯の能役者成。号東洲斎……」
『三馬按記』、『无名翁随筆』などの記述書をもとに、またまた補足された。
ここで吾輩の素性について、“俗称斎藤十郎兵衛”と“阿波侯の能役者”の名前と職業の記述がはじめて登場するのである。
しかし、吾輩が阿波の能役者だとか、本名が斎藤十郎兵衛とか、住居が八丁堀だ! なんてことが書かれるなんて、笑止千万だ。
これは月岑が、何を参考にして補記したものかは不明で、吾輩が消えてすでに五十年近く経過したあとのことである。
以降、この“阿波侯の能役者・斎藤十郎兵衛”という月岑説がまかり通り、吾輩と阿波との強い結びつきがはじまるのである。

写本「増補浮世絵類考」

写本「増補浮世絵類考」

〈展覧会案内〉

「中右コレクション 写楽・歌麿・北斎・広重 四大浮世絵師展」

東洲斎写楽 「四世松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛」

東洲斎写楽
「四世松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛」

日時 10月8日(土)~12月4日(日)月曜休館
   午前10時~午後5時(入館4時30分まで)
場所 兵庫県立歴史博物館
料金 一般1000円 大学生700円 高校生500円
   中学生以下無料(障がい者とその介護者、65歳以上半額)
■講演会「写楽・歌麿・北斎・広重のミステリー」
 11月3日(木祝)午後2時~ 
 講師:中右瑛 氏 ※定員100名(当日先着順)無料

「大正ロマン・昭和モダン展 -竹久夢二、高畠華宵とその時代-」

竹久夢二 「星まつり」(肉筆画)

竹久夢二
「星まつり」(肉筆画)

日時 10月8日(土)~11月20日(日)月曜休館
   午前10時~午後5時(入館4時30分まで)
場所 姫路市書写の里・美術工芸館
料金 一般300円 大高生200円 中小生50円
■講演会「大正・昭和の叙情画家たち」  10月15日(土)午後2時~
 講師:中右瑛 氏 ※定員80名 無料(入館券が必要)

中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。
1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。


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目次 2011年10月号