みんなの医療社会学 第七回

被曝による健康リスクと原発事故の影響

ー福島第一原発の事故以降「被曝」という言葉をよく聞きますが、どのようなものですか。

衣笠 被曝とは、ひと言で言えば放射線に人体がさらされることです。放射線が体を構成する水や細胞にぶつかると、細胞は変化をおこします。多くの場合、細胞の変化は元どおりに修復されますが、修復されない場合には細胞の死滅や突然変異がおきてしまいます。
 被曝には外部被曝と内部被曝があります。外部被曝とは空気や土壌など環境中に放射性物質が存在するときに、人体の外からやってくる放射線にさらされることをいいます。内部被曝とは、呼吸や飲食で放射性物質を体内に取り込んだ場合にのみおこるもので、人体の中から発する放射線にさらされることをいいます。

ー被曝するとどのような健康影響がありますか。

衣笠 被曝による健康影響は人体に当たった放射線の量と年齢により異なりますが、皮膚障害、造血器障害、不妊、白内障、胎児影響、小児の発育障害、甲状腺障害、発がんなどが挙げられます。放射線の量が多いと被曝による細胞の死滅量が増え、脱毛、血球数が減る造血障害などの症状も出てきます。

ー外部被曝と内部被曝で健康影響に違いがありますか。

衣笠 一番大きな違いは、被曝で死亡する例のほとんどは外部被曝ということです。しかしこれは、全身に大量の放射線を浴びた際の急性放射線症候群によるものです。内部被曝での健康影響は、発がんの確率が少し高くなることです。

ー被曝による健康影響は年齢によりどのような違いがありますか。

衣笠 生物学的実験により、骨髄や精子・卵子の生殖腺細胞など分裂が盛んな組織ほど放射線の影響を受けやすいことがわかっています。成長過程にある乳幼児や小児は組織の細胞分裂が盛んなため、成人より放射線の影響を受けやすいとされています。チェルノブイリ事故では被曝による小児の甲状腺がんの発生が、成人と比べて高いことが確認されています。

ー人体に確率的影響が出るとされる放射線の最低値は100ミリシーベルト(100,000マイクロシーベルト)といわれていますが、その値ではどれくらいの健康リスクがありますか。

衣笠 放射線による健康被害はほとんどの場合、ある一定の線量以下ではあらわれないことがわかっています。
 しかし、被曝によるがん発生については、その線量がいまだ見出されていません。確かなデータに基づいてわかっていることは、1000ミリシーベルトの被曝により1万人の集団でがんの発生が5.5%増加するということです。ところが、100ミリシーベルト程度以下の被曝については、疫学的に症例数が足りないために結論は出ていません。
 つまり、発がんの有無についてわかっていないのです。そのため、受けた放射線量が非常に低くてもがんが発生すると仮定し、確かな領域のデータから比例計算で算出する確率でしか表現できません。ゆえに「確率的影響」というのです。
 100ミリシーベルトの被曝によるがん発生の確率的影響は、1000ミリシーベルトの被曝により1万人で5.5%がんが増えることから計算して、1人あたり0.000055%発がんリスクが増えるということになります。この値は喫煙や飲酒による発がんリスクよりはるかに低い値です。

ー兵庫県内において、今回の事故による健康的影響はありますか。

衣笠 兵庫県立健康生活科学研究所健康科学研究センターの測定によれば、大気中の放射線量は事故前と数値に変化はなく、雨水や水道水からは放射性セシウム・放射性ヨウ素は検出されておりません。よって、事故による健康影響は考えられません。
 兵庫県産の野菜からも放射性セシウム・放射性ヨウ素は検出されておりませんし、市販されている福島県産の農産物もその指標以下であれば人体に問題がないという基準値をクリアしたものです。このような例は世界でも過去にありましたが、その経験上も問題はないでしょう。

ーレントゲンやCTスキャン、PET検査など医療現場で放射線を受けることがありますが、問題ありませんか。

衣笠 1年間に数回程度の検査であれば、妊婦さんや乳幼児、小児でも問題ありません。
 ただし、放射線との付き合い方の基本は不要な被曝を極力避けることです。検査により得られる利益と被曝リスクとのバランスで判断することも考え方のひとつです。ちなみに、放射能温泉の線量も健康影響を心配するレベルよりはるかに下です。
 私たちは自然界から常に放射線を受けていますし、過去の核実験などによる放射性物質も微量ながら環境に含まれています。被曝をむやみに怖がるのではなく、はっきりとした数値データで判断することが大切です。
 兵庫県内の現状では、過剰な心配で心労を重ねる方が健康によくないと思います。

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衣笠 達也 先生

三菱神戸病院 顧問医師


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目次 2011年7月号