
登場!名物先生 現代人の 心の危機を科学する
これからこそ必要な被災地での心のケア
―阪神・淡路大震災から学んだことが東日本大震災での心のケアに役立っていますか。
森 一つの災害から学んだことを次に生かすことは大切です。一方、災害には個性があり、以前の経験をそのまま当てはめようとすると現地のニーズからずれてしまうこともあります。
今回は阪神・淡路大震災に比べて広域にわたります。また、早朝の震災だったので自宅で亡くなられたケースがほとんどだった阪神・淡路と違い、昼間でしたので家や職場、学校など、家族がバラバラになった状態で被災しました。どこで亡くなったか分からない方、行方不明の方も多く、喪失感も大きなものだといえます。さらに福島原発の問題がいつ終わるかも分からない継続的な不安を呈しています。私たちにも経験がない問題です。きわめて複合的な要素を持っています。
―現段階でケアについて強調したいことは?
森 災害はまだ終わっていません。ストレスは継続中です。今後の見通しが立たないことへの絶望感が起きてくる時期です。うつ状態に至ったり、改めて震災のことが蘇ってきて眠れなくなったり、繰り返して考えてしまったり…。無理して頑張ってきて、今頃何故しんどくなるかと戸惑う時期です。心のケアはこれからが重要です。
―誰かに話すことで少しは楽になるのでしょうか。
森 東北の方は関西の人に比べて、「皆が頑張っているのだから自分も我慢しなくてはいけない」という思いが強いようです。その思いを越えて誰かに話すのは難しいでしょう。外部から来た専門家に話すことが良いのですが、カウンセラーに辛さを訴えたことを家族に責められ一層悩んでしまったというケースもあります。そういった地域の気風もありますから、話すことが良いと一概には言えません。しかし、話せる環境を整えることは大切です。
―被災地の子どもたちの状況はどうですか。
森 震災遺児がどこに、どれほどの人数いるか全体像がつかめず、支援が届いていない状況です。現場は大変な状態ですが、学校、福祉、行政が全体像を把握する努力をしなくてはいけません。阪神・淡路大震災では避難所に遊びのスペースを造ったり、ボランティアの皆さんが一緒に遊んだりという活動が活発に行われていました。今回も実施されていますが、まだまだ子どもたちが遊びを取り戻していないようです。緊張が解けて子どもに戻れる時間を作っていく努力が必要だと思います。
大学の使命は、地域で実際に役立つ研究
―甲南大学の人間科学研究所はどういう研究をしていますか。
森 阪神・淡路大震災を機に、トラウマ的出来事の作用と、被害者への援助の問題が重要な研究テーマになりました。それを受けてプロジェクトを作り、文部科学省の助成金を得て研究を始めました。恒常化させるために研究所を立ち上げ、5年単位のプロジェクトを進めています。今は3順めです。災害や虐待による子どもの心の被害とそのケア、さらに少子化対策として子育て全般の問題も扱っています。また、太平洋戦争によるトラウマの問題も扱っており、現在60代、70代以上の年齢になった方々の戦争体験が、その後の人生にどう影響してきたかを確認しています。ただし自然災害とは違って、戦争は被害者でもあり加害者でもある複雑な問題です。
―文学部に所属する研究所なのですか。
森 文学部人間科学科が中心となって、文学部を含め学内各学部から参加できる研究組織として設立しました。文学部から生まれたのですが、独立した組織として法学部、経済学部はじめ他学部とも連携して研究を進めています。私自身は文学部人間科学科に所属して、当研究所では所長を務めていましたが、昨年、文学部長を拝命しましたので所長は引いています。
―文学部人間科学科とは?
森 震災前から計画し、震災の年に申請、直後に設立しました。大学も被災して大変な時に新学科の設立どころではないという意見もありましたが、この時期だからこそトラウマや心のケアの問題を扱う必要があると、当時の学部長が文部省に強くお願いして申請に至りました。
―人間科学科で学んだ学生の卒業後の進路は?
森 大学院人間科学専攻には毎年10人強の学生が進学しますが、臨床心理士資格を取り、スクールカウンセラー、病院のカウンセラー、児童相談所の心理士など、教育、福祉、医療などの領域で専門職に就いています。学部生は必ずしも専門家になるわけではなく、1学年約100人の学生のうち、10人程度が専門家を目指して、甲南大学、または他大学の大学院に進みます。約90人の学生は一般企業への就職のほか、教員や公務員になる学生もあります。
―医学との連携も必要ですね。
森 学部にも精神医学の授業があり、大学院では病院での実習も実施しています。今後、臨床心理士が国家資格となるためにも、医学との連携はますます重要です。
―先生が今の専門分野に興味を持たれたきっかけは?
森 大学では臨床心理学を学びましたが、トラウマや災害については、震災の問題や臨床現場の児童養護施設で虐待の問題に出会い、興味を持つようになりました。戦争については、中学生のころに広島、長崎の被爆記録映像が公開され、展覧会で写真を見て衝撃を受けたのを覚えています。学生の頃から、小説も含めて、戦争体験に関する本はよく読んでいました。
―戦争体験もトラウマになるのですね。
森 私の研究テーマの一つ、戦争の観点からいえば、経験者が社会をリタイアしてから、改めて戦争について考えることが多くなるようです。忙しくしていた頃には忘れていた体験が蘇るという方が多くいらっしゃいます。ドイツでは、高齢者うつに戦争体験がかなり影響しているという研究結果が出ています。当研究所ではまだそこまで研究が進んでいませんが、ドイツで開発された方法を少しずつ試み始めていまして、治療を行うことでトラウマから解放され、元気になられた例も経験しています。
―ストレスにさらされる現代人へのアドバイスはありますか。
森 あらゆるストレスをどのように乗り越えていくかは現代人の永遠のテーマです。ストレスを蓄積しないで自分の中で処理していく方法としてストレスマネジメントという言葉もありますが、私は基本的に現代社会にはストレスが多過ぎるのが問題だと思っています。ストレスマネジメントの能力をどんどん上げて、ストレスを下げないのは間違いではないか、世の中のストレスを少なくする方法を考えなくてはいけないと思います。働き方を楽にする方法を考えるのは企業の責任ですし、子どものうつも多いですから学校にも責任があるでしょうね。
―今後の研究の方針は?
森 トラウマに関して最先端の研究・実践を進め、地域の子育て支援などに実際に役立つ方法を開発していくことが大学として使命の一つだと思っています。また、日本は大変な戦争を経験していながら、この問題をきちんと扱っていません。当研究所では歴史的、思想的な分野とも連携し横断的に取り組んでいきたいと考えています。

「トラウマ映画の心理学」新水社 ¥1,900(右)
「トラウマの発見」講談社 ¥1,500

心のケアについて研究する人文科学研究所