神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 芸術家男星編 第18回

剪画・文
とみさわかよの

詩人
伊勢田 史郎さん

神戸は、戦前から文学活動の盛んな地です。とりわけ詩の分野は、竹中郁に代表される「神戸モダニズム」と呼ばれる思潮がありました。そんな神戸で詩人として活動を続け、自らの詩集を編むほか、たくさんの同人誌に関わってこられた伊勢田史郎さんは、戦後の神戸詩人界のリーダー格のひとりです。NHKの歴史講座「兵庫史を歩く」などの講師なども務め、そして企業人でもあったという伊勢田さんに、お話をうかがいました。

―詩を書くようになられたのは、何かきっかけが?

時代背景から言うと、僕は終戦の時まだ16歳でした。少年時代は、予科練へ行かないと国賊のように言われた世代だから、僕も軍国少年でね。終戦と同時に国旗を振っていた大人たちが急に変わっていく様を否応なく見せられ、純粋な人ほどグレたり自棄になったりしたもんです。僕も東京から帰って来ると家は空襲で焼けていて、ショックと栄養失調でしばらく夢前町の塩田温泉で静養した。その間に書き溜めた詩を、詩人の小林武雄さんのところへ持って行ったら、僕のわけのわからん詩を小林さんが丁寧に批評してくれて、この世界に入っていきました。

―小林武雄は戦時下に「神戸詩人事件(治安維持法によりモダニズム詩人が弾圧された)」で実刑判決を受けますが、終戦直後から詩誌「火の鳥」を創刊するなど、活発に活動を再開しています。正に時代を牽引した人に師事しながら、詩作を重ねていかれたわけですね。

僕が最初に作品を発表したのは同人誌「クラルテ」、その後「幻想」「輪」などを創刊した。同人の中村隆や西本昭太郎と、毎晩安酒を飲んでは論争してね。小林さんが編集長をしている「神戸春秋社」の記者をした時期もある。あの頃は「いいものを書けば売れる、そうしたらスポンサーも付く」と、今にして思えば幼い理屈でやっていたなあ。

―ところで「詩人」は、文筆で生活を支えるイメージが湧きにくいのですが…。

 昔、竹中郁さんに「プロの詩人とは?」と尋ねたら、「食べていけなかったらプロじゃない」と言われた。しかし純粋な詩の創作だけでは、おそらく食べてはいけないでしょう。詩といっても校歌や社歌を書いたり、新聞や雑誌に書かせてもらったり、講師をしたりしてやっと収入になる。実際ペン一筋というのは大変ですよ。だから皆、家業を継いだり勤めたりしながら書くことを続ける、という形に落ち着くのかな。

―伊勢田さんは編集関係のお仕事の後は大阪ガスに勤務され、勤め人としての人生もやり遂げておられます。

本当なら、書くことで食べて行くようにしないといけなかったんでしょうね。でも一回だけの原稿料や講演料、詩集一冊の代金じゃ生活できるわけがない。会社に勤めてからは、検針員に始まって営業もし、最後は総務に落ち着いた。当時は詩を書く他にNHKの講師もしていたから、社内では「会社を辞めて、そっちに専念すればいいのに」とか、いろいろ陰で言う人間も居てね。そしたらある日、社長から社内電話があった。「君のテレビの仕事を見たよ、非常によかった。我が社は地域あっての企業、地域に貢献せんといかん。常に見てるからな、頑張れ」と。周囲の空気も俄然変わって、ありがたいことに文筆業と企業勤めを並行してやってくることができた。定年後もエネルギー文化研究所の顧問として迎えてもらい、そこでも「歴史の中の食文化」の講義など、いい仕事をさせていただいた。会社には感謝しています。

―生活のために働くことをしながら、「詩」を書き続けてこられたわけですが、「詩」とは何なのでしょう?

「詩」という文字は、「言」に「寺」と書く。「言」は心の中、志が口から出るという意味です。「寺」にはいろいろな意味があるが、そのひとつに「保つ」がある。志が口から出る、それを保つのが「詩」。ことばというものは、ヤワなものじゃない。誰しも皆、志を持っているんだから、それを書かないといけない。詩とは、そういうものだと思います。

―今日の若者は、詩に限らず文芸作品を読まない、書かないと言われます。神戸に次世代の詩人は育っていますか?

今は物質文明の時代で、金や地位を大事にし過ぎる傾向がある。だから「詩なんか書いても、金にならないから」と格好つけて考える若者が増えて、心の叫びを何とか書き残そうと考える者は少数派なのかな。でも、そんな時代にも詩人は生まれている。同人誌「蜘蛛」は新人育成を掲げて創ったが、そこで育った者がもう50歳以上になって、しっかり仕事をしている。現在、30歳代でもなかなかの書き手は育っているから、神戸に若い詩人がいないとは思いませんよ。

―戦後、多くの神戸の詩人たちと交流し、このまちの詩壇を支えて来られました。ご自身は詩人として、夢かなえた人生と言えますか?

いや、それは…かなえていないというか、僕自身のことをいうなら、どこまでも至らない。完璧なものとして世に出した詩でも、後で読むとまだ至っていないんだな。もしかすると僕らは、詩に至るために書き続けるのかもしれない。年を取ったら煩悩が無くなるかといえばそうではなくて、無いと思ってもやはりある。「人生の仕事を済ませたか?」と問われたら、「済ませたな」とも思う。しかし一方で「いや、まだまだやな」とも思う。おそらく、永遠に。詩も人生も、そんなものじゃないかな。
(2011年5月11日取材)

こうべ芸文セミナーで講演する伊勢田さん

こうべ芸文セミナーで講演する伊勢田さん

ご自身の詩集、著書、同人誌

ご自身の詩集、著書、同人誌

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。


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目次 2011年6月号