私の神戸デザイン 第4回

「個性が光る南京町」

株式会社 老祥記 代表取締役社長
南京町商店街振興組合 理事長
曹 英生さん

―100年近い歴史を持つ老祥記の豚まんですが、どういう経緯で始めたのですか。

 中国天津では麹を使ったパオツーが多く、私の祖父がそれを日本に定着させようとしました。横浜から一旦、上海へ戻ったのですが、この場所に空きができ、移り住んだのが老祥記の始まりです。麹を使う豚まんは私が知る限り、日本では老祥記だけです。風味と弾力性が豊かになりますが、取り扱いが難しく、発酵には丸一日かかります。麹は地域や温度や環境によって風味が変わってしまいますので、ここだけで100年近く作り続けています。

―行列ができるようになったのはいつ頃からですか。

 昭和40年代です。それまでは、主に地元の方に買っていただいていました。歴史のある古い店で、お客さんが出入りする木戸の取っ手に穴が開くほどでした。それを神戸新聞さんが紹介して、記事を見たお客さんがたくさん来られるようになりました。当時は父と母が2人でやっていましたので、お客さんが増えると行列ができます。徐々に長くなり、5時間待ちという日も…。待ち時間が長くなると「せっかくだから」と買う個数が多くなり、行列が長くなる。毎日売り切れ状態です。

―さて南京町といえば、阪神・淡路大震災後の立ち上がりが早かったですね。

 いろいろな国で苦労してきた華僑は、有事の際にはとにかく動くという習慣があります。震災後は物が無かったので、商売人としての使命はまず物を流通させることだと考えました。プロパンや炭を使って肉や魚を焼きました。南京町に行けば、何かがあると思っていただけました。何もないから、皆さんが物を必要とします。商売の本来の意味を、身を持って知ることができました。

―組合の中でも若手の力が大きかったのですか。

 青年部がいち早く集まりいろいろ協議をして、方向付けをしました。中でも春節祭は大きな問題でした。震災の2週間後ですから、当然「やめよう」ということになりました。しかし、神戸のために今できることは何かを考え、「温かいものを召し上がってもらおう」と決めました。春節祭当日にこの広場で、炊き出しをしました。メディアでも報道され、多くの市民の皆さんに来ていただきました。ガスが全面開通してから、南京町復活宣言をして、獅子舞いを出しました。神戸まつりは中止になりましたが、元町商店街さんや多くの業者さんにも協力いただいて「神戸五月まつり」を開催しました。明るい話題を次々発信することで、人が、神戸から他所へと出て行ってしまうことを食い止めようとしました。

―1987年に始まった「春節祭」はどういう経緯で?

 区画整理などでハードが整った南京町でしたが、「次はソフトだ」と当時の青年部のリーダーが発案しました。中国の「春節」を知ってもらおうと「祭」を付けた造語です。目玉は龍踊り。踊り方も知らず、お囃子もなく、もちろん龍もない。なのに、日本で一番長い47メートルの龍踊りを始めようという思いだけが先行して、PRして、龍の製作が間に合わず、練習は箒を持ったりして…、それをNHKさんが知って「あれは何ですか?」と尋ねて来られました。事情をお話しすると「それはおもしろい!」と番組で取り上げてくださった。お蔭さまで、初回27万人の集客ができました。
 その他に、春は「興隆春風祭」。秋には「中秋節」。神戸ルミナリエに合わせて光の祭典「ランターンフェア」などが主な行事です。私たちには団結力があり、他団体との交流も多く、声をかけると手弁当で集まってくれます。企画ありきで動き始めて臨機応変に突き進む。動いてこそ、組合の意味があると思います。〝動〟の町づくりを目指しています。

―先月から始めている「加油!東日本」も一環ですね。

 最終日の6月6日は、ちまきを食べる日です。ここで販売して収益を寄付します。阪神・淡路大震災時には、横浜中華街では迷った末に春節祭を開催して、寄付を集めてくれました。南京町にも寄付をいただき、お蔭さまで立派に楼門を修復することができました。お返しする時だと思い、今回の震災では獅子舞を出して、義援金を募りました。方法にも工夫が必要な時期になってきました。加油!では、土・日に孫悟空と三蔵法師が義援金を集めています。

―今後の南京町への思いは?

 新華僑の出店のペースが勢いづいています。南京町で地道に働いてきて、新しい店を出そうとしている彼らと一緒にまちづくりを進めていきたいです。

―神戸への思いは?

 スイーツ、フレンチ、中華、日本料理…、全ての店のレベルが高く、コンパクトに収まっていて、目の届く範囲で商売ができています。町には花や木があり、野鳥や蝶々が飛び、空気がおいしい。この素晴らしいロケーションが神戸の売りです。もう一つ素晴らしい夜間景観を上手に利用して夜も大人が楽しめる町づくり、女性がワクワクするような町の景観づくりをして欲しいと思います。

―南京町から山手にかけての住環境はどうですか。

 都心でありながら山や海が近く、緑の香りや風を感じることができます。自然が残っていますし、町の人たちがそれを守ろうとしています。美味しいお店もたくさんあります。私が住む山本通では、歩いて10分圏内にミシュランに載る店が 20※軒もあります。これは、世界中探しても珍しいことでしょうね。レベルが高くてコンパクトなところが神戸の素晴らしさです。

※カ・セント(フュージョン)、麤皮(ステーキハウス)、樹(ステーキハウス)、みやす(ステーキハウス)、一宗(日本料理)、植むら(日本料理)、小猿(日本料理)、しげ松(日本料理)、紫匂(日本料理)、しらはま(日本料理)、百味処おんじき(日本料理)、三木(日本料理)、和懐食かなやま(日本料理)、なが坂(日本料理)、魚菜 きし(日本料理)、鮨 栄美古(寿司)、伏見(寿司)、 (天ぷら)、雪栄ゐ田(居酒屋)、月花(鉄板焼)

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曹 英生(そう ひでお)

株式会社 老祥記 代表取締役社長
南京町商店街振興組合 理事長
昭和32年1月4日生まれ。龍谷大学経営学部卒業。株式会社 老祥記 代表取締役。南京町商店街振興組合理事長。神戸南京町景観形成協議会代表理事。神戸市政策提言会議委員。神戸市総合基本計画委員。中央区区民まちづくり会議委員


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目次 2011年6月号