桂 吉弥の今も青春 【其の十五】

お茶の話

 

天満天神繁昌亭という上方落語の定席をご存知ですか。大阪では六十年間も途絶えていた落語専用の小屋である。大阪天満宮の北門に、もう出来て五年になるのだが、大阪にお住まいの方でも「え?そんなんあるの」といまだに言われることがあるので、我々落語家はもっとアピールしなければいけないと思う。
読者の方で未体験の方はぜひお越し下さい。
さて今回は宣伝ではなくて、お小言である。その繁昌亭の楽屋で若い子たちがお茶を入れてくれるのだが、まあ、うまいお茶を飲んだことがない。わざわざ茶葉を急須に入れてお湯を注いでお茶を入れてくれるのだが、これがまずい。ペットボトルや紙パックから市販のお茶を入れてくれたほうが数段美味いと思うのだが、ぬるい、薄い、味がしない、そして量が多い。みなさんもお茶をいれたことのない人に「煎茶飲みたいわ、茶葉からいれてみて」とお願いすれば大抵こういうお茶が出てくる、面白いくらいに。イメージとしては、緑色の絵の具がついた筆を、洗って三回目くらいの水が並々と茶碗に入ってるてな感じ。悲しくなる。近頃は楽屋にいる時間も少ないので何も言わずに一口飲んで残して帰っているが、本来はちゃんと怒ってあげないといけない。落語家の修行の一番初めがお茶を出すことなのであるから。
お茶を一口飲んで「マズい」と思った瞬間、一番いいのはお茶を入れた本人にその茶を飲ませてみることだ。「これを美味いと言えるか?」と投げかけてみると身にしみて分かってもらえる。ここで「いや、結構いけますよ」なんて返してくる奴は、放っておこう。楽屋でお茶を入れているということは、一番の下っ端だ、まだ落語もちゃんと出来ない、出囃子の太鼓も叩けない、着物もたためない。そんな人間が唯一自分をアピールできるのがお茶を入れることなのだ。「君の入れたお茶を米朝師匠に飲んでもらえることもあるんやで、うまいお茶やってみい、すぐに顔も名前も覚えてもらえるがな」そうやって、盛り上げてやる。
実は私も昔は、そうやって先輩に教えてもらった。落語家になるまでちゃんとお茶を入れたことがなかった。最初は米朝師匠の家ではお茶を出すのに三十分もかかった。何回入れてもお茶の表面にゴミが浮かぶのである。湯のみを洗っても、急須をきれいなフキンで磨いても駄目だった。きれいな道具を使っても、液体の表面に湯気にゆらゆら揺れる細かいほこりが見える。ティッシュペーパーでくっつけて取ろうか、スプーンですくってみようかと困っていると、先輩が「あほ、ゴミやないわい、新茶のええやつはうぶ毛が浮かぶんや」と教えてくれた。知らんというのは恐ろしい。
米朝一門会の楽屋で桂枝雀師匠に並々とお茶を湯のみに注いでお出しすると、「こないぎょうさんいらんのや。今からにぎり飯食べるんやないんやから」と言われ、一門大爆笑になった。「ちょっと口を湿らせたい、お茶の風味を味わいたい、そおやなあ・・・三口ぐらいでええんやでこんなところで出すお茶は」とご自分でベストのお茶の量を量って見せて下さった。ありがたい思い出だ。
落語にある秀吉の噺、毎回毎回秀吉の好み通りにお茶を入れてくるものがいて、秀吉は不思議に思った。「今日はちょっとぬるめがいいなあと思えばぬるい茶が出る。涼しい気候だから熱めと、どのようにすればああいう旨い茶をだせるのか」と覗き見をする。と、茶を入れるものは自分の口で確かめていた。自分の口で温度や濃さを確認し、その飲んだ湯のみのまま秀吉に出していた。言わば飲み残しを飲まされていた秀吉。怒った秀吉は部屋に何も知らぬ顔で戻ると、茶をいれてきたものに「この世のうちで一番恥ずべきことはなんじゃ」と問うと「はい、覗き見することでございます」。
こんな噺も後輩にお茶の入れ方を教える時に使って、とにかくまず、自分で飲んでみることだと教える。楽屋によってお湯の温度も茶葉も違う。その日の気温や天候やいろんな条件の中で自分の美味しいと思うお茶を入れて、そしてそれを皆さんに飲んでもらいなさいと。
お茶以外にも、コーヒーや紅茶、水の出し方一つにだってセンスがいる。相手の気持ち良くなることを探すのが、落語家の一番初めの修行であって、実は一番大切な修行なのだ。

 

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KATSURA KICHIYA

桂 吉弥 かつら きちや
昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説 「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」 土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」 水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」 月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」 土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞


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目次 2011年6月号