水と麹と技が生きる

櫻正宗株式会社
代表取締役社長
山邑太左衛門さん

―酒づくりに欠かせない水ですが、宮水とはどういう水ですか。

山邑 宮水とは、西宮で2キロメートル四方の地域に湧く水のことをいいます。硬水ですからミネラル豊富で鉄分が少なく、菌が活性化しやすくて酒の醸造には非常に適しています。

―19世紀に櫻正宗6代目が発見したということですね。

山邑 1840年ころ、魚崎と西宮に蔵を持ち同じように酒づくりをしていました。ところが、いつも西宮のほうが酒の出来が良い。そこで、6代目が「何故か?」と考え、蔵人を変えるなど試行錯誤しました。最終的に「水が良いのではないか」と結論に達し、西宮から牛車に積んで水を運びました。すると良い酒ができ、江戸で評判を呼び、酒蔵が次々と西宮の水を利用しだし、「宮水」と呼ばれるようになりました。

―今でも使っているのですか。17年前、震災の影響はなかったのですか。

山邑 もちろん使っています。今は、タンクローリーに積んで運んでいます。震災時には心配したのですが、水質には全く影響ありませんでした。

―酒づくりに大切な酵母ですが、櫻正宗が明治39年に日本醸造協会から認定された「協会一号酵母」が60年ぶりに復活したそうですね。

山邑 協会一号酵母は戦争などの混乱で消失していたのですが、近年日本醸造協会に保存されていたことがわかり、約60年ぶりに誕生の地・櫻正宗の蔵に復活したのです。
国は、より安全に高品質の酒が造れて、安定供給を可能にするため、全国各地から優良酵母を集め全国に普及させました。その第1号が櫻正宗酵母です。当時の文献を調べ、同じ造り方で復刻したお酒が「蘇百年」という商品です。

―江戸時代、櫻正宗は「正宗」という銘柄の元祖でもあるそうですね。

山邑 経典に書かれた「臨済正宗」からとったものです。語音の通じることから「正宗」と付けたものですが、次第に「まさむね」と呼ばれるようになりました。その頃は商標登録などなく、他の蔵元でも「正宗」を使っていました。
明治時代に商標登録の制度ができ、登録しようとしたのですが他にも多過ぎてできません。「最初から使っていたのに気の毒。国花でもある櫻を使ってもいいですよ」と言っていただいたようです。そういうやり取りの相手が、明治政府の榎本武揚だったという逸話が残っています。

―400年の歴史を持つ櫻正宗ですが、「歴史シリーズ」の製品では日本酒を現代人向けにアレンジしているのですか。

山邑 人が造るものですから、長い年月の間に若干は変わってきますし、気候や保存状態、運び方、容器などで違います。けれど酒質に関しては歴史を受け継ぎ、変えていません。
 江戸時代、江戸の町のお酒はほとんどが灘の酒でした。当社のすぐ前も船着場で、そこから江戸へ運んでいました。阪神・淡路大震災まではトロッコ線の名残もありました。運び方は変わりましたが、造り方や酒質、基本的な考え方は変わっていません。大震災で壊滅状態の被害を受けましたので建物などは近代化し、労働条件の観点から作業の一部は機械化しました。しかし、やっていることは変わりません。

―新商品の開発ではどのようなリサーチをしますか。

山邑 当社の価値は伝統にあります。その部分は変えられませんからプロダクトアウト、意匠などもありますからマーケットイン。どちらも必要です。お酒の新商品は発売したからといって爆発的に広がるものではなく、じっくり長年かけて育てるものです。地道な努力が大切です。

―お勧め商品はありますか。

山邑 どの商品もお勧めですから、特にというものはありません。当社はレギュラー商品「櫻正宗 焼稀 生一本」「櫻正宗朱稀 本醸造」を頑なに守っています。ずっと愛飲して、「美味しい」と言っていただけるのが一番うれしいですね。

―灘五郷酒造組合では、横のつながりも強いのですか。

山邑 ある意味ライバルですが、仲良くしていますよ。いつでも電話をすれば、すぐ相談に乗ってくれるという程度のつながりは持っています。

―櫻正宗では、杜氏さんは社員だそうですね。

山邑 昔の杜氏といえば、一つの蔵の責任者であり、農閑期の村人を連れてやって来て半年間、全員の生活に責任を持つ村の有力者でもありました。今の杜氏は、国が実施する試験を受けて「酒造技能士」の資格を取った技術者です。当社では、技術系の全社員に資格を取るように啓蒙しています。

―お隣の「櫻宴」だけで飲めるお酒があるそうですね。

山邑 絞りたての生酒です。絞ったお酒を提供しますのでその日によって飲める銘柄が変わります。また、にごり酒は商品として、ここだけで販売しています。

―若い人があまりお酒を飲まなくなったと言われます。酒造業界は厳しい状況ですか。

山邑 厳しいですよ。私より少し年齢が下の人たちは、炭酸飲料で育った世代です。ゴクンと飲んで、喉越しスッキリでないと満足できないようですね。日本酒は少しずつ口に入れて、ころがして味わうものですから、物足りないのでしょう。でも最近は、冷たい水やお茶があんなに売れるようになったのですから、日本酒も見直されるのではないかと期待しています。
―大手メーカーでは、いろいろな商品を開発して発売していますが、その予定は?
山邑 当社はこれからも酒に特化していくと思います。いろいろなことを始めたいという思いもありますが、その軸がぶれてしまうのではないかと思っています。頑固一徹です(笑)。

―美味しいお酒ですから、もっと広めていただきたいと思いますが…。

山邑 広めようとすると、保管や運搬などでいろいろな問題が起きてきます。当社としてはここで造ったものを、いかに同じ状態でお客さんに飲んでいただけるかを考えています。そうするとやはり「無理をせずに」です。その価値を分かっていただけるように努力したいと思っています。

―私たちも、伝統の味を楽しませていただきます。

インタビュアー本誌・森岡一孝

櫻正宗 焼稀 生一本 1,800㎖

櫻正宗 焼稀 生一本 1,800㎖

しぼりたてのお酒から地元の名産がそろうショップ「櫻蔵」

しぼりたてのお酒から地元の名産がそろうショップ「櫻蔵」

櫻正宗 宮水井戸場(西宮市)

櫻正宗 宮水井戸場(西宮市)

20110603901

山邑 太左衛門(やまむら たざえもん)

櫻正宗株式会社 代表取締役社長
昭和38(1963)年生まれ。平成6年、櫻正宗株式会社入社。平成9年、代表取締役 専務。平成15年、第十一代山邑太左衛門襲名、代表取締役社長に就任、現在に至る。灘五郷酒造組合理事。学校法人灘育英会監事。日本酒造組合中央会 日本酒で乾杯推進会議運営委員会委員


ページのトップへ

目次 2011年6月号