触媒のうた 28

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字・六車明峰

思い立って久しぶりに福崎町の柳田國男生家と記念館を訪ねた。
今回も職員に宮崎修二朗翁のことを話題にしてみたが、もう翁を直接知る人はなく少しさびしかった。すぐそばの柳田ゆかりの鈴の森神社にお参りし、背後の辻川山に登ってみた。山は思いのほか小さく、十分ばかりで山頂だった。『柳田國男アルバム 原郷』(昭和63年発行)に載っている写真と同じアングルで辻川の町を一望できた。ビルは多少増えているがそれほどの変化はない。
さて、松岡(柳田)家の暗部について。
「柳田には闕語法(不利なことには口をつぐむ方法)が多いという指摘を谷沢永一さんなどもしておられますが、柳田の長兄の二度目の入水事件などはその典型でしょう」
『故郷七十年』の中に、嫁姑の不仲として二人の嫁が登場する。一人は長兄鼎の妻。もう一人は次兄通泰の妻。しかし入水した嫁は入っていない。
そのこと、宮崎翁はこんな風に知ることになる。
―『故郷七十年』の新聞連載が始まって間もなく「兄嫁の思い出」が載った数日後、拙宅に老刀自が見えまして玄関先でいきなり泣きだされた。事情をきくと「母親のことが載ってたので懐かしさのあまり記事の担当者を捜してやって来た」とおっしゃる。芦屋市で派出婦会を営む大塚侑子とおっしゃる方で、最初の兄嫁さんが離婚後に再婚なさったことは柳田に聞いていたが、娘さんがおられたとは初耳でした。
母親の思い出話が延々とつづき、当方もいささか辟易していた中に、チラッと二番目の兄嫁の入水事件が出た。ほんの数語、まったくこぼれ出たという感じで。―
この話は宮崎翁の『柳田國男その原郷』(朝日新聞社)で初めて明らかにされ、のち、『柳田國男トレッキング』(編集工房ノア)に詳しく載っている。興味ある人はお読みください。
話を『故郷七十年』に戻す。
「あの後半、ぼくがいなくなってからのテープ起こしはどうもねえ…。成城大学の学生二人がアルバイトでやったんですがね」と。宮崎翁、含みのあるお言葉だ。
これは柳田自身も、西谷勝也氏宛ての書簡に「神戸新聞はテープではだめでした。」と書き残している。『故郷…』は資料的に貴重なものではあるが、注意して読まねばならないということ。宮崎翁も「あれは失敗作なんです」と。
「ただ、あの取材の席には、嘉治氏とぼくともう一人、柳田さんの秘書の鎌田久子さんという女性がおられました」
鎌田さんは後に成城大学の名誉教授になられ、一昨年亡くなられている。
『民俗的世界の探求』(鎌田久子・慶友社・1996年刊)の中にこんな記述が。
―計画、編集をされた嘉治隆一氏をして「十年遅かった」となげかせた柳田先生半自伝「故郷七十年」のお手伝いが出来たことは、わたしにとってかけがえのない財産である。(略)
この仕事の中で、唯一心にかかったのは、宮崎修二朗氏のことであった。神戸新聞編集部から選ばれ、柳田先生に関することを大変よく研究して来られた氏は、その豊かな才故に柳田先生に受け入れられず、この聞き書きの相手は、企画者嘉治隆一氏自身がつとめることになってしまったのである。宮崎氏は縁の下の力持ちというか、裏方にまわり、資料とか写真その他、種々下ごしらえをして下さったのである。宮崎氏の文学青年としての素質が、柳田先生と一脈通じるのか、それが、かえって先生を刺激なさるのか、―
これを読むとわたしは涙ぐんでしまう。若き宮崎翁の悔しさの後ろ姿が眼に浮かぶ。その悔しさを忍び、裏方としてその後も下ごしらえをなさったと。けれど、その後も宮崎翁は、あれほど「ぼくは嫌われて嫌われて」とおっしゃる柳田の研究を進め、数多くの著書を著される。
こんなエピソードがあります。
兵庫県には『夜這いの民俗学』などの著書を持つ赤松啓介という野の民俗学者がおられた。時に舌鋒鋭く柳田の学問を批判した人である。その赤松氏が柳田と共に宮崎翁にも鋭くかみつく。
―宮崎は教育勅語を捧持しながら、夜這いに行くものと思っているらしい(略)―(『非常民の民俗文化』明石書店)。
そうなんです。宮崎翁は柳田に嫌われながら、後に柳田学問を評価し研究される。それを赤松氏が「柳田、宮崎一派は」などと攻撃する。
ところがです。宮崎翁は、今度はその赤松氏の学問を研究し、一定の評価をされている。
「彼は思想的には強靭な闘士ですが、温厚で謙虚な紳士でして、四十年ほど仕事の上で付き合いがあっただけでしたが、一度も下卑たY談を聞いたことがありませんでした。昭和35年に「のじぎく文庫」から出た『民謡風土記』は、彼に監修と執筆をお願いしたものです」
行きがかりは別として、優れたものにはキチンと評価されるのが宮崎翁だ。

 

20130606801

 

辻川山から望む柳田國男生誕地、辻川

辻川山から望む柳田國男生誕地、辻川

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。


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目次 2013年6月号