「榎氏は武器を茶化す平和主義者。彼は作品で真剣な冗談を表現している」と宇賀住職。 2011年兵庫県立美術館にて 撮影:豊永政史(SANDWICHI GRAPHIC)

「エノチュウ」の作品に思うこと

浄徳寺住職 宇賀 芳樹

 

お大師様が大切にした教えに、「十善戒(じゅうぜんかい)」という言葉があります。釈迦が説いた教えです。

 分かりやすく言うと「あらゆる生命を尊重しよう」「他人のものを尊重しよう」「お互いを尊敬し合おう」「正直に話そう」「よく考えて話をしよう」「優しい言葉を使おう」「思いやりのある言葉を使おう」「惜しみなく施しをしよう」「にこやかに暮らそう」「正しく判断しよう」というような意味があります。自然の中のあらゆるものが尊い存在であり、それを自覚することで、他者を慈しみ共生できるという思想です。その戒は、現代の人々にも通じる規範であり、この戒めをすべての人々が心がければ、争いのない世の中を実現できると考えました。
 当時、日本仏教の大勢が、奈良仏教から平安仏教へと転換していく流れの中で、お大師さんは中国より真言密教をもたらしました。当時としては、既成概念を打ち壊す、先進の精神にあふれた教えだったのではないでしょうか。また能書家としても知られ、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられ、文化や美術への造詣も深かったことは広く知られています。
 今回、高野山開創1200年特別企画展「いのちの交響」では、神戸の現代アーティスト・榎忠氏の作品が、高野山金剛峯寺・奥殿で展示されます。高野山1200年の歴史の中で、金剛峯寺奥殿でこのような現代アート展を開催するのは初めての試みではないでしょうか。これも、先進の精神をもっておられたお大師様のお導きのような不思議なご縁を感じます。
 真言密教とは、釈迦の教えを直接教えるものではありません。教えは人に押し付けるものではなく、修行によって自立や自力を促すという考え方が根底にあります。榎氏は、常々、「作品をご覧頂く方に自分の考えを押し付けるのではなく、自由に感じてほしい」と話をされます。このような考えもお大師様の教えに似たものを感じます。
 私が榎氏の作品を拝見して思うことは、「武器を茶化す平和主義者」であるということです。作品に使用される薬莢は、沖縄の米軍基地に輸送され、世界各地で起こる戦争や紛争で使用されたものばかりです。激しくもあり雄々しい作品を拝見し、反戦の願いを孕んでいるような気がいたしました。この願いは、平和への願いを込めたお大師様の願いに相通ずるところがあるような気がいたします。
 高野山開創1200年という記念すべきこの契機に、お大師様、榎氏、お二人の時空を超えた対話を楽しんでいただければ幸いです。

「エノチュウの作品は、実際使われたものを使用しているから見る者に何かを訴えかけてくる」と宇賀住職

「エノチュウの作品は、実際使われたものを使用しているから見る者に何かを訴えかけてくる」と宇賀住職


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