ショウウィンドウの季節の婦人帽子がトアロードを華やかに彩る「マキシン」

トアロードを語る トアロードに店舗を持つ意義 「婦人帽子 マキシン」

トアロードに思い入れがあった創業者

 昭和9年に、マキシンの創業者・渡邊利武は、横浜にある帽子会社ウルベの神戸支店長としてトアロードのお店を立ち上げました。北隣には、コスモポリタン製菓がありました。そして、ウルベが神戸から撤退した後、昭和15年に生田神社東門筋にマキシンを創業。神戸大空襲後の昭和22年に、生田新道に移転し、昭和29年に、現在の場所に店を構えました。
 横浜から初めて来た土地がトアロードであり、創業者は早く“メインロード”であるトアロードに戻りたかったそうです。また、トアロードは居留地につながる道でしょう。居留地に職場がある外国人たちが、北野の住まいに戻る道がトアロードであって、外国人たちの生活の中で必要とするものが手に入るのは、当時はトアロードしかなかったのです。馬車も通っていましたし英語の看板も多く、神戸の中でもっとも外国人を目にするのはトアロードでした。
 マキシンは戦後、進駐軍の将校などの夫人たちに帽子を販売し、販路を拡大してきましたので、外国人のお客様が多く、創業者はなおのことトアロードに思い入れがあったのでしょう。念願のトアロードに移転して以来、マキシンはこの場所に店舗を構え、上階の工房では技術者たちがハンドメイドで帽子を作っています。長年トアロードで製造から百貨店卸、小売まで行っているのは弊社だけかもしれませんね。
 阪神・淡路大震災で建物は大きな被害を受けましたが、直後の2月末に納品予定だった、全日空様の客室乗務員(当時のスチュワーデス)の約4千個の帽子を載せたトラックをトアロードから送り出しました。マキシンはトアロードで発展し、創業者の思いを次世代につなげていこうとしています。これは、トアロードでしかできなかったことかもしれません。

工房には帽子の「木型」が千個ほどあり、 創業当時からのものも

工房には帽子の「木型」が千個ほどあり、
創業当時からのものも

お正月にマキシンの店舗前に勢揃いした社員 (昭和30年頃)

お正月にマキシンの店舗前に勢揃いした社員
(昭和30年頃)

美しく、かぶり心地の良いマキシンの帽子

美しく、かぶり心地の良いマキシンの帽子

マキシンが手がけてきた制帽コレクション

マキシンが手がけてきた制帽コレクション

トアロードでマキシンのショウウィンドウをのぞくカップル (昭和29年頃)

トアロードでマキシンのショウウィンドウをのぞくカップル
(昭和29年頃)

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渡邊 百合さん

株式会社マキシン
代表取締役社長 


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目次 2015年8月号