E・W・ジェームス(1889-1952) 写真提供:塩屋土地(株)

ジェームスの精神を受け継ぐ、外国人向け住宅地「ジェームス山」

 神戸市垂水区青山台から塩屋町にかけて、「ジェームス山」と呼ばれるエリアがある。実はこの「ジェームス山」は地図には載っておらず、開発者のE・W・ジェームスの名前に由来している。
 明治22年(1889)、ウェールズ出身の船乗りを父にもつジェームスは神戸で誕生した。15歳の頃からビジネスの世界へ飛び込み、たぐいまれな経営手腕と天才的な取引で巨万の財をなした人物である。1930年代より、気候温暖で神戸港に近く、通勤にも便利な塩屋に、私財を投じて外国人向けの住宅開発を開始。山林約7万坪を開発し、60棟以上の住宅を建てた。
 住宅地の設計は、極力緑を残し、各邸宅は小径でクラブハウスにつながる、イギリスのライフスタイルを継承した。ジェームスは遊び心に満ちた人物だったと伝えられ、ジェームス山のシンボルのライオン像や高砂で採れる3色の竜山石を使用した石垣もユニークだ。また、ジェームスは子どもが大好きで、小さな動物園など子どもが楽しめる施設をたくさん設けた。その後戦争の時代へと突入すると、ジェームス山は戦後も占領軍に接収されていたが、やがてジェームスが奮闘のもと取り戻し、さらに6万坪の土地を取得して再整備された。
 激動の時代を切り抜けてきたジェームス山だが、80年の時を経てなお、美しい景観は保持されている。庭園は日本のエッセンスを取り入れながら木々を剪定、各戸に暖炉を備え、その薪も敷地内で調達し、煙突掃除の必要もある。現在、管理を行う塩屋土地は土地や建物だけでなく、ジェームスの精神性や意志を受け継いでいる。
 この場所で生活を楽しむ外国人たちには、かつては企業家が多かったが、時代とともに住人の構成は変化している。一方で、かつてここに住んでいた外国人が何年かぶりにふらっと立ち寄ることも多いとか。彼らにとってジェームス山は「第二のふるさと」になっているようだ。

 

外国人住宅地の入口には、ジェームス山の象徴である御影石で作られたライオン像が静かに出迎える。ジェームス山のシンボルでもある

外国人住宅地の入口には、ジェームス山の象徴である御影石で作られたライオン像が静かに出迎える。ジェームス山のシンボルでもある

 

ジェームス邸は、昭和9年(1934)にジェームスの自邸として完成。 円筒形の塔屋を設けた当時流行したスパニッシュ・スタイルを踏襲している

ジェームス邸は、昭和9年(1934)にジェームスの自邸として完成。
円筒形の塔屋を設けた当時流行したスパニッシュ・スタイルを踏襲している

 

ジェームス山を見上げると緑の中に邸宅が顔を出す

ジェームス山を見上げると緑の中に邸宅が顔を出す

 

直線的で重厚な英国のジャコビアン様式を取り入れたジェームス邸の応接室

直線的で重厚な英国のジャコビアン様式を取り入れたジェームス邸の応接室


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目次 2015年9月号