触媒のうた 29

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

東京へ

出石アカル
題字・六車明峰

『兵庫の民話』(未来社・1960年刊)という宮崎翁の著書がある。一月号の「断簡零墨」でも少し触れたが、わたしは東京の古書店からネットで入手した。
この本を翁にお見せした時のことである。
「テレビで“まんが日本昔ばなし”というのがありましたが、ある時ぼくに電話がかかってきましてね、この本の中から使わせてほしいと」
“まんが日本昔ばなし”は俳優の常田(ときた)富士男と市原悦子が二人で何役もの声を使い分けて人気があったアニメ番組だった。
「依頼して来たのは、川内彩友美という人でした」
調べてみると、彩友美さんは番組の企画者になっている。そして監修が川内康範。二人は親娘である。
川内康範は、テレビ草創期の昭和33年から34年にかけて放送された「月光仮面」の原作脚本で一躍有名になり、その後、作詞家として「誰よりも君を愛す」「恍惚のブルース」「君こそわが命」「おふくろさん」など数々のヒット曲を世に送り出す。
で、翁の話である。
「彼は戦後の一時期、芦屋にいたことがありまして、小説を書いてました。ぼくがまだ国際新聞にいたころです。それで、新聞の連載に使ってくれと言って持ちこんで来たことがありました。けどね、彼はまだ無名でしたからねえ。するとこう言いました。『ぼくの名前でなくていいから使ってくれ。富沢有為男(ういお)の名前で載せたらいいから。そして、原稿料だけをぼくに』というようなことでした。富沢とはどんな関係だったかは知りませんが芥川賞作家でもあり結構売れていました。けどやはりそれはできなくてね、彼の願いに応えてあげられなかったんです」
川内康範にもそのような時代があったのだ。
晩年には歌手森進一とあのように物議をかもした人でもある。森が「おふくろさん」という康範作詞の歌を勝手に歌詞を変えて歌ったことに激しく怒り、それまで家族同然のつきあいをしていながら和解することなく他界した。いわば筋金入りの頑固者である。
「ぼく、家内に握り飯を作らせて彼の家に差し入れに行ったことがあります。今でいえば芦屋市月丘町の俵美術館の近くでした。しもた屋の二階にいましたが袴姿でビシッと座ってましてね、いかにも壮士然とした風貌でした。それが知らぬ間に東京へ行って、月光仮面で一躍有名になっていました」
話を進める。
わたしが入手した『兵庫の民話』だが、これには若き日の宮崎翁の署名があった。土井一正様とデディケートがあり、献呈本だ。
そこで翁に「この土井さんとは?」とお尋ねした。すると、
「当時の筑摩書房の編集局長で、そのころぼくかわいがって頂いてました」
わたしは不思議な縁を感じたものである。そのような本が回り回ってわたしのところにやって来るなんて。
ここでこの連載の第一回に書いたことを再掲します。
―(宮崎翁は)兵庫県の文学史についてもすでに数々の著書、新聞、雑誌に書きつくしておられるが、中に、ご自分では書きにくいこともあって、それが結構貴重な証言だったりする。―
ということで、今回もそのような話。
「そのころぼく、神戸にいましたが、しょっちゅう東京へ行ってました。色んな文人にお会い出来ました。筑摩書房へもよく出入りしてました。正宗白鳥が信州からダブルの服着てゲートル巻いて原稿料を取りに来てたりね。また、日本ペンクラブの書記長をしていた水島治男と銀座で飲んだ時、気に入られてうちへ来いと言われて泊めてもらったこともありました。たしかお家は田端だったと思います」
前に「伊藤整」の時にも書いたが、宮崎翁は、東京方面の文人にも名前が知れており、それで関西に彼らが来た時にはいつも案内役をしておられたという。
「そんな時にぼく、筑摩書房から誘われたんですよ。東京に出てこないかと」
要するに神戸新聞からの引き抜きである。
当時、筑摩書房は、会社の体質改善のために全国の地方新聞の若手記者の中から有能なのを引き抜くという方針があったのだと。
「けど、ぼくは行きませんでした。神戸でまだやりたいことがありましたし、それになんといっても富田砕花先生から離れることができませんでした」
後に富田砕花翁が、「あの時、君を東京に行かせてやればよかったなあ」と言って下さったのだと。
「そのお言葉は本当にうれしかったですねえ。ぼくを一人前として認めて下さったんだと思ってね」
もし、その時、東京に行っておられたら、きっと一廉(ひとかど)の編集長になっておられただろう。全国レベルでバリバリとお仕事をなさったに違いない。しかしまた、それならわたしはお会い出来なかったことになる。

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出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。


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目次 2013年7月号