みんなの医療社会学 第三十一回

わが国の医療に大きな打撃を与えるTPP

─日本がTPP(環太平洋連携協定)に参加すると、医療にどのような影響がありますか。
村岡 日本がTPPに参加すると、参加国の経済規模から実質上の日米自由貿易協定になります。米国にとって最大のメリットは関税撤廃ではなく、規制改革要求を条約に従って出し続けられることにあります。図1のとおり医療関連産業は米国の主力産業です。日本はその超優良市場ですので格好のターゲットとなり、混合診療の全面解禁、株式会社の医療機関経営参入、外国人医師の流入、医薬品や医療機器の価格の高騰と安全性の低下、審査支払業務への外資系企業の参入などが懸念されます。
─なぜ混合診療が解禁されてしまうのでしょうか。
村岡 米国にとって日本の医療市場は大きな魅力ですが、現在の公的医療保険の給付範囲内では利益が薄いのです。そこで「自由診療の民間医療市場」の開放・拡大を要求し、その結果公的医療保険の給付範囲が縮小、やがて混合診療の全面解禁へと繋がります。そうなれば国民は公的医療保険だけでは十分な医療が受けられなくなるため民間医療保険に頼らざるを得なくなりますが、それはまさに外資系保険会社の格好の市場です。さらに製薬会社や医療機器メーカーも自由診療部分で売り込むことが可能となり、時間やコストをかけて安全性や有効性を確認する必要性が薄らぐため、医療の安全や信頼も脅かされます。さらに、主に保険診療の範囲内でしか収益を上げられない地方病院が経営破綻に陥ることも予想されます。
─株式会社の医療機関経営参入や外国人医師はどう影響しますか。
村岡 株式会社は利潤の追求を第一義としますので、安全性を犠牲にしたコスト削減や不採算部門からの撤退があり得ます。当然、過疎地域への医療機関開設など無く、競合医療機関を買収して地域医療を独占したり、経済力のある患者を「優良顧客」として選別・確保するかも知れません。外国人医師については、各国の医学教育レベルには差がありますので、流入によって医療レベルが低下する危険性があります。
─医薬品や医療機器の価格の高騰や安全性の低下はなぜ起こるのですか。
村岡 薬や医療機器の公定価格制の撤廃と自由な価格設定が要求されるために、それらの価格が上昇する可能性があります。さらにジェネリック医薬品の普及による新薬市場の縮小を回避するため、形を変えただけの古い医薬品に新薬の特許を認可したり、臨床治験データを独占したりするなどの知的財産権保護の強化を要求してくる可能性があります。さらに、新薬の審査期間の過度の短縮が要求されれば、安全性が担保できなくなるでしょう。
─審査支払業務への外資系企業の参入についてはいかがですか。
村岡 実はすでに2003年に社会保険診療報酬支払基金が民営化されて民間業者へのレセプト審査の委託が可能になり、外資の保険会社が審査支払業務に参入可能な下地ができています。しかし現在は「患者が受診する医療機関の合意が必要」という厚労省の局長通達により参入できません。つまり、この通達さえ撤廃すれば外資系企業の参入が可能となります。その結果、米国式審査により必要な医療でも問答無用に「不要」と判定されるようになれば、審査段階で公的医療保険の給付範囲を縮小してしまう事が可能です。そのため、国民はその縮小された部分を補填してくれるような民間医療保険にも加入しなければならなくなるかも知れません。
─TPPに参加後、以上のような規定を覆すことはできないのでしょうか。
村岡 TPPには「ラチェット規定」という条項があり、これにより一旦規制緩和をすれば二度と元に戻すことはできません。また、投資先の国の規則により企業などが不利益を被った際に損害賠償を請求できるISD条項により、自分たちの国の安全基準を自分たちで決められなくなるのです。昨年米国と自由貿易協定を結んだ韓国では、すでに医療費の負担増や公的医療保険への悪影響が出ています。TPPへの参加は医療制度のみならず、日本の経済・社会・文化を大きく変えてしまうかもしれない危険性があります。兵庫県医師会も重大な関心を持ってその動向を注視しています。

全米売上高トップ50社の業種 出典:Time Inc.「フォーチュン500(2011年度版)」より

全米売上高トップ50社の業種 出典:Time Inc.「フォーチュン500(2011年度版)」より

20130706201

村岡 章弘 先生

兵庫県医師会医政研究委員会委員
村岡内科クリニック院長


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目次 2013年7月号