触媒のうた 2

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字・六車明峰

神戸新聞社から昭和30年に出版された『文学の旅・兵庫県』は読者からの申し込みが殺到し、二五〇〇部(?)が売り切れ。しかし社は「増刷の必要なし」で、宮翁さん、困ってしまう。
「仕方がないので私家版を一五〇〇部(?)作りました。乏しい給料の中から工面して改訂版を作りましたよ」
それが掲載写真左の『ふるさとの文学―兵庫縣文学遺香』である。背表紙に、今度は“宮崎修二朗”と名前が入っている。しかしこの本、須田剋太装丁の『文学の旅・兵庫県』(写真右)と比べて少々見劣りする。仕方ないですね、翁、窮余の策の本ですから。
だけどおかしな話だ。普通は、まず私家版が出て、それが人気を呼んでどこかの出版社が目をつけ、企画出版となるのではないだろうか。これは全く逆です。
1957年3月10日発行
著者 宮崎修二朗 発行者 宮崎修二朗
これには序文はない。その代わり、なんともいえないあとがきがあります。このようなあとがきをわたし、読んだことがありません。
―ご両親様―
早いものです。前に神戸新聞社から出してもらった『文学の旅・兵庫県』をお送りしてから、すでに二年近くにもなっております。それにしても、それ以後の仕事が、いくらも進んでいないことは恥かしいことです。
しかし、私にとって、第二の故郷ともなったこの兵庫県と、心の故郷ともいうべき文学とを結びつけようという私のねがいは、一日も忘れたことはありませんでした。
私は、自分の貧しさを知れば知るだけに、自分が世の人々に捧げうるものは、こうした“触媒”の役目以外にないということを、改めて自覚しているのです。それは、この仕事に限ったことではありません。日常生活のすべてにわたって、私は“触媒”でありたいと志しているのです。その間に、他の人々を傷つけ、私自身も傷を負うことは、毎日といってもいいほど多いようです。しかし、それも、私の至らなさ、貧しさ、卑怯さにあるわけで、けっしてこの志だけは変えまいと心に決めております。―
こんなあとがきがあるでしょうか?これがご両親あてのあとがき!
わたし、宮翁さんにたずねました。「今なら、恥ずかしさに顔から火を噴く思いとちゃいますか?」と。すると、
「イヤイヤ、そうは思いません。毛頭思いません。これは、わたし自身に対するわたしの宣戦布告だったんですよ。この時の思いが後の“のじぎく文庫”の発想につながったんです」
そうだったのだ。わたしが考えるよりも翁はその若さで、わたしよりはるかに深い所で考えておられたのだ。
さらに驚く言葉、
「私の至らなさ、貧しさ、卑怯さ」
これはなんということか。35歳の人の言えることではない。わたしうかうかと、今までこの文章を読まずにいました。翁とは長いおつき合いなのにまことに恥ずかしいことだ。
これまでのおつき合いの中で、わたしは翁に対して不満なことが一つありました。それは翁があまりにも自己卑下なさることでした。謙遜も過ぎると嫌みになるとかいうが、それに近いものがあるのではないかと。しかし今、この文章を読んで思い直しました。翁にはまったくそのような気持ちはなかったのだと。翁の謙遜は本気だったのだ。
それからわたしの気になる個所。
―まだまだ、世間の人々の心は文学というより文化の生活に遠いようです。げんに、私のような貧しい人間が私家版という形でしか、人の生き方に大切なものを強調せねばならないという、そうした「ふるさと」なのです。―
これはなんという文章だろうか!ハッキリ言って悪文であろう。いくらお若くても、およそ宮翁さんが書くようなものではない。あまりにも歯切れが悪い。わたし思いました。ここには言葉に出来ない悔しさが滲み出ているのだと。
そして見逃してはならないのが文中の“触媒”という語。今度の連載のタイトルを“触媒のうた”としたのもここにわけがある。
翁、まだ十七、八歳の若き日、文部省図書館講習所時代のことである。長崎県の片田舎から東京に出て行った宮翁さんを襲ったのは強烈な劣等感だったのだ。あまりにもレベルの高い教授陣と大学卒を含む同期生に、自分の力の無さを思い知らされたのだと。そんな時、岡田温講師(後、国会図書館館長)の“触媒”についての講義を聞き、
「自分はこれだ、これで行こう。人間はエラくならなくったっていいじゃないか、人のお役に立てればいいじゃないか、と思うようになりました」
わたし、信じられません。青雲の志もあったであろう二十歳に満たない若者が考えつくことではないであろう。ところがそれを、88歳の今日まで変わらず貫いておられる。わたしはため息をつくばかりだ。

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出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。喫茶店《輪》のマスター。


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目次 2011年4月号