われらの阪急電車

角 和夫さん
阪急阪神ホールディングス株式会社 代表取締役社長
阪急電鉄株式会社 代表取締役社長

鉄道ひとすじ。そして、ホールディングス トップへ

―鉄道業務の経験が長い角社長ですが、今のホールディングス経営という立場に役立っていますか。
 阪急阪神ホールディングスグループは主に6つのセグメントで成り立っています。安全第一という鉄道事業から、宝塚歌劇というソフトな事業までありますから、一人の人間が細部まで意思決定に関わることはかえって良くないと思っています。事業会社が事業会社を株式で支配する、例えば以前の阪急電鉄が阪急交通社、ホテルチェーンなどを支配するという構図は親子関係が生じて望ましくなく、旧・阪急ホールディングスの時点で兄弟関係という体制を取りました。
 ですから阪神と一緒になる時にも、経営組織の移行はスムーズに進みました。兄弟3人が4人に増えたという感じですね。旧・阪急ホールディングス社長のころから、私は阪急交通社やホテルに関しては取締役という立場で経営全体に意見は出しますが、専門外である実際の経営戦略は各社に任せる社外役員的な立場に立つと宣言しました。阪急電鉄も、都市交通、不動産、エンターテインメント、流通という4つのセグメントの事業を行っていますが、それぞれに事業推進の責任を持って進めてもらっています。私はグループ全体の中長期計画に沿った事業の進捗状況を把握して調整する立場です。特に鉄道事業の経験が役立っているとは思いませんが、地域密着型の事業がベースですから、インフラの部分を理解できるというのが社長としての強みだと思っています。

震災に遭遇 そして、阪急、阪神統合へ

―阪神・淡路大震災に遭遇し、大きな被害を受けました。当時、角社長は?
 経営政策室で鉄道事業の投資計画策定やその管理、それと並行して新規事業を担当していました。震災時は災害復旧担当チームの鉄道事業のメンバーとして、復旧についてフリーランサー的な立場で意見を出していました。
 鉄道業務に携わっていると「片線でもいいから早く復旧させたい」という思いが強いのですが、私は「これだけ多くのお客様を運ぶのに、片線だけ復旧してピストン運転という形にするべきではない」という考えでした。私には〝鉄道のプロ〟という自負がありましたから、上司を抑えて、「地域の皆さんには少し待っていただいても全面復旧を選んだほうがいい」と意見を押し通しました。結果として3月末から4月上旬にかけて本格的な復旧工事に取り掛かり、約2カ月で復旧しました。

―「阪急と阪神が一緒になる?!」。競合する同業者が統合すると聞き、私たちは驚きましたが…。
 全く逆で、並行しているからこそ統合効果が出ます。ライバルとは、同じ河の水を飲むもの同士の水の争いですが、阪急と阪神の真ん中にはJRという大きな河が流れ、直接の競合は少ないと思っています。唯一競合するのはターミナルです。三宮に阪急百貨店はありませんが、梅田では阪急と阪神の両百貨店がしのぎを削ってきました。しかし、お客様の取り合いをするのではなく、一緒になって協力し合ったほうがいいだろうということです。バス路線にしても、同じ所を走らせているからこそ統合効果が出せるわけです。

―具体的な統合メリットは?
 メリットはたくさんあります。阪急、阪神ともに約100年にわたって沿線を造り上げてきましたから、多くの似通った事業を進めてきています。例えば、六甲山には六甲オリエンタルホテルと六甲山ホテルがありました。昔の六甲山は、大阪の羽衣とともに関西の財界人の避暑地でしたから、2つのホテルがあるのは当然でした。しかし残念ながら最近は、両方を維持できる状況ではなくなりました。六甲オリエンタルホテルは夜景が素晴らしかったが、駐車場が狭い。結果、六甲山ホテルを残すことになりました。
 百貨店については、以前は、阪急電鉄が阪急百貨店の株式のわずか3%を保有していた一方、阪神百貨店は阪神電気鉄道の100%子会社でした。この2つの百貨店が一緒になると一種のねじれ現象が起きるのではないかという懸念がありました。そこで、統合成立以前から、阪神百貨店を鉄道系のグループから切り離して百貨店のグループにしてほしいという要望を出していました。現在、阪急・阪神両百貨店併せ、百貨店全体で年間約3千6百億円の売上をあげています。今年5月には、伊勢丹もオープンし、梅田に合計4つの百貨店ができますが、阪急・阪神両百貨店には自信を持っています。
 またカードのサービスでは、阪急阪神両百貨店でたくさんお買い物をするお客様には割り引きで有利なペルソナカード、ポイントを貯めたいお客様にはエメラルドカード、そしてそれぞれに交通乗車でのポイントも貯まるスタシアをのせるという戦略も成功し、阪急と阪神の両鉄道だけでなく、鉄道と百貨店の関係もうまくいっています。

―梅田の再開発が進んでいますが、ホールディングスとしての展望は?
 北ヤードを含め、JR大阪駅を中心とした〝大梅田〟という構想があります。九州新幹線も開業しました。また、魅力的な商業施設ができると、東アジアから関西へのお客様がますます増えて商圏が広域化されます。東アジアへのゲートウェイという考え方に向けて、経済界、行政、大学など「産・官・学」が一緒になって魅力ある街づくりをしていくべきでしょうね。我々も、梅田の一事業者としてできる限りのことをやって、ホスピタリティーを高めていくことが大切だと思っています。

慣れ親しんできたマルーン色の阪急電車

―宝塚で育った角社長ですから、阪急電車は子どものころから利用していたのでしょうね。
 1000系が初めて走ったのは昭和31年10月、私が小学一年生の時です。鮮烈に覚えています。子ども心に「今までのとは全然違って、すごくきれいだなあ」と思い、この1000系が駅に来るまでずっと待っていました。

―阪急電車は100年以上、車体の色がいわゆる「阪急マルーン」カラーから変わっていませんが、小林一三さんが決めたのですか。
 はい。「ほこりが目立たない色にしよう」という合理的な考えで決めたという話もあるようです。

―誰もが「おしゃれ」と思っているあの阪急マルーンが、まさかそんな理由とは!
 元々はそれだけのことだったのですが、100年間続くと次第に、シックで重厚感があるというイメージになり、車体を綺麗に保持しようと努めるようになってきました。

―今まで、色を変えようという話は出なかったのですか。
 実は私が、京都線の特急だけは黒やモスグリーンのオリエント急行のような電車を走らせようと提案しました。しかし一笑に付されました。若気の至りでした(笑)。今や、誰もそんなことは考えもしないでしょうね。

―車体の色は変えないにしても…、新しいアイデアを実現できる会社にするにはどうすればいいのでしょうか。
 私は従業員満足度の高い会社にしたいと思っています。任せられ、結果が公正に評価されると社員のモチベーションは高くなります。それによって新たな取り組みやチャレンジ精神が生まれます。会社の方向性を決めるのは経営者の役目ですが、それに基づいて実現するための具体的な施策や戦術は全てボトムアップです。ある意味、社長は楽できますよ(笑)。

映画「阪急電車」に期待する

―今月23日から公開の映画「阪急電車」には今津線の各駅とエピソードが出てきますが。
 私も原作を読みましたし、作者の有川浩さんともお話しさせていただきました。非常にいい人ですね。
 今津線の沿線には小林聖心、関西学院、仁川学院、報徳学園、県立西宮高校など、学校がたくさんあります。少なくとも卒業生は映画を見て「なつかしいな」「もう一度訪れてみようかな」と思ってくれるでしょうね。期待しています。

―撮影にも協力を?
 ほとんど実写ロケですから、10分間隔で走る電車の合間に臨時列車を走らせました。エキストラの募集には、アッと言う間に3千人集まったそうです。ホームにはお客様を誘導する係員を配置し、踏み切りにも警備要員を付けました。撮影現場の対応は大変だったと思いますが、全国上映でもありそれ以上に反響は大きいはず。感謝状を贈りたいくらいです。

宝塚歌劇団トップスターに楽曲の提供も!

―角社長は岸一眞という名前で、宝塚歌劇に楽曲も書いているということですが音楽の素養は?
 灘高時代、エレキバンドを組んでサイドギターをやっていました。加山雄三さんが好きでしたし、ベンチャーズのコピーをたくさんやっていました、受験勉強もせず。そして早稲田へ入れば学園紛争で学校へ行かずにレポートさえ書いていれば良かったし…、楽しい学生生活でした(笑)。当時の灘高は浪人含めて東大に約150人が入った時代ですし、早稲田、慶応へ進んだ同級生も多く、東京では毎日が同窓会のようでした。

―楽曲提供の依頼はどちらから?
 もちろん社長の特権です(笑)。
 最初は湖月わたるさんが退団する時のディナーショーの曲でした。彼女がトップになった時が、私が社長になった時でした。トップ同期生というご縁で、私が高校時代から書いていた曲に、演出家に詩を付けていただきました。
 その後、5年間トップとして貢献してくれた春野寿美礼さんが退団することになり、「何かお返しをしたい」と、今度は自分で詩も付け、さよならショーで歌ってもらいました。これが結構評判が良かったようです(笑)。

―子どものころから宝塚歌劇は好きだったのですか。
 母親が好きでしたから連れて行かれました。当時は、「きれいやなあ」と思う程度で特別好きというわけではなかったですね。

―宝塚音楽学校の理事長としては、どんな学校にしたいですか。
 私は素人ですから音楽学校の校長などできませんので、理事長だけを引き受けています。今年卒業した97期生の入学時から、入試制度を少し変えました。以前は、クラシックバレエがきちんと踊れる、譜面が読めるなど技術を優先していました。もちろんそういった要素も必要ですが、私は、入学してからの努力、将来性も評価するように変えようと思っています。幼い時からレッスンを積んでいなくても、ベースになるものを持っていればいいということですから、今後は全員が必ず卒業できるとは限らないかもしれません。

人や環境に優しい阪急電車を目指して

―環境や社会への配慮が必要な時代ですが、どのような工夫や対策をしていますか。
 基本的に、鉄道を利用することは環境に優しいことです。また、高齢化社会ですから、若い時は車に乗っていても高齢になると公共交通機関を利用する人が多くなります。高齢者や交通弱者が利用しやすいバリアフリーの鉄道に変えていこうとしています。
 スルッとKANSAIやICカードなどもその一環です。環境への配慮をうたう以上は、自ら襟を正さなくてはいけません。昨年開業した摂津駅では、排出するCO2の51%を太陽光発電やLED照明導入などの施策で削減し、残る49%は兵庫県宍粟市での森林保全費用を負担することにより、カーボンニュートラル(実質排出ゼロ)を実現しました。
 昨年12月から神戸線で運行している新車両は、ヘッドライト以外全てにLED照明を導入しています。十三駅ではほとんどの照明をLEDにしました。LED化によって、照明設備の長寿命化を図ることもでき、十三駅では今後10年間で蛍光灯4千本の廃棄物を減らします。一人でも多くの人に環境についての関心を持ってもらえればいいと思っています。

―地域密着は鉄道会社の宿命ともいえますが、阪急阪神未来のゆめ・まちプロジェクトとは?
 沿線に良い街を造ろうという従業員の意識を高め、街づくりの活動をされている方々を少しでもサポートしようという取り組みです。我々と沿線とは運命共同体ですから、「沿線に住みたい」と思ってもらえることは、どちらにとっても最もうれしいことです。

―阪急神戸線の西宮北口が阪急西宮ガーデンズの開業で盛り上がってきたことはうれしいのですが、震災後の阪急三宮駅に活気が戻っていないことが残念です。
 あの部分だけが震災後未だに仮設状態です。しかし、改めてテナントビルを建てることが最良の選択かは疑問です。鉄道事業者の夢として、阪急神戸線と神戸市営地下鉄山手線の直結を言い続けたいと思っています。
 その上で私の夢は、三宮駅を地下におろすことです。地上部分を交通広場にして、あちこちに散らばっていて分かりにくいバス停を一カ所に集めてターミナルにし、ビルは2階以上を利用する。これは5年や10年で実現することではありませんが〝鉄道屋〟としての夢です。

何事も一所懸命やって好きになる

―新社会人が羽ばたく4月です。自社を含め、社会人一年生に向けて贈る言葉をお願いします。
 好きになることです。例えば私は音楽を好きになり、一所懸命練習して、曲を作りました。大学に入って囲碁を好きになり、長い年月をかけて、今は六段になりました。好きになると情熱が生まれ、仲間ができます。好きにならなければ、そんなことは全く起こりません。 
 サラリーマンですから、自分のやりたい仕事ばかりではないかも知れませんが、自分の職場や仕事を好きになり、「ここがおかしいな」と思ったら、自分がマネジメントの立場になり、上司に説明して納得させるまで、その気持ちを持ち続けることです。
 私も阪急電鉄に入社した当初の職場を好きになりました。問題は山積していましたが、いろいろな経験をして得たことが、「誠実、謙虚、バランス感覚」という、現在の好きな言葉につながっています。自分の仕事を好きにならずに流している人もいますが、同じ人生を歩むのに寂しいと思います。

―仕事を好きになれずに悩んでいる人も多いですね。
 好きにならずに文句ばかり言っていると評価が下がり、負のスパイラルに入ってしまいます。一所懸命やっていると好きになり、評価が高くなり、権限が与えられ、自分のやりたい事ができるという良い方向へ回ります。

―本日はありがとうございました。今後ますますのご発展を期待しております。

インタビュー 本誌・森岡一孝

 

西宮阪急、映画館などが集合した一大ショッピングセンター「阪急西宮ガーデンズ」

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2007年10月からスタートした「スタシア」カード

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昭和31年に登場した1000系(写真提供:阪急電鉄)

昭和31年に登場した1000系(写真提供:阪急電鉄)

 

春野寿美礼さんのサヨナラ公演では角社長の楽曲が歌われた(写真提供:阪急電鉄)

春野寿美礼さんのサヨナラ公演では角社長の楽曲が歌われた(写真提供:阪急電鉄)

 

車内にLED照明を導入した車両

車内にLED照明を導入した車両

 

20110401901

 

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角 和夫(すみ かずお)

阪急阪神ホールディングス株式会社 代表取締役社長
阪急電鉄株式会社 代表取締役社長
宝塚市生まれ、灘中学校・高等学校を経て、早稲田大学入学、卒業後、阪急電鉄株式会社に入社。阪急阪神ホールディングス代表取締役社長、阪急電鉄代表取締役社長、宝塚音楽学校理事長。


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目次 2011年4月号