efSETⓇ(イメージ図) 川崎重工が独自開発中の省エネルギーで環境にやさしい海外向け新型高速鉄道車両「efSETⓇ」。最先端技術を駆使した車両で、時速350kmでの営業運転が可能。

夢とあこがれ 進化する車両

川崎重工業株式会社
代表取締役 常務取締役
車両カンパニー プレジデント
松岡京平さん

長年かけて培ってきた 〝川崎〟車両への信頼

―1906年創業以来、9万両以上の鉄道車両を製造してきた老舗です。兵庫工場以外に、アメリカにも工場があるそうですが、そのメリットは?
松岡 アメリカには1986年に工場を造り、現在は二ヵ所の工場で約千人のアメリカ人を雇用しています。輸出時の為替リスクを回避できることが大きなメリットです。また、アメリカ向けの車両にはアメリカ製の部品をかなり高い比率で使うよう法律で決められており、それをクリアするためでもあります。
 アメリカでは19世紀の大陸横断鉄道に象徴されるように、鉄道が近代化に寄与しました。ところがその後アメリカは自動車社会になり、車両メーカーがなくなりました。現在、部品製造から車両組立まで一貫してできる工場をアメリカ国内で持っているのは唯一、川崎重工だけです。国内に競争相手がいなかったことも、アメリカに進出した理由の一つです。

―今でもアメリカには車両メーカーはないのですか。

松岡 アメリカにはないですね。世界の車両メーカーでビッグ3といわれるのは、ドイツのシーメンス、フランスのアルストム、そして我々が車両製造技術を教えたカナダのボンバルディアです。教え方が上手すぎて、競争相手をつくってしまいましたが(笑)。

―ニューヨークの地下鉄も多く受注していますね。

松岡 1982年に初めて受注し、社運をかけて取り組みました。今までに二千両を超える車両を納入しており、現在走行中のニューヨーク地下鉄車両は当社がトップシェアです。
 実は、アメリカ進出時の最初のターゲットはニューヨークではなく、交通網があまり発達していない政治の町・ワシントンでした。1970年代に営業活動を開始しましたが、実際に初めて受注したのは約40年も経った昨年8月です。受注した車両が全て納入されると、ワシントン地下鉄車両の半分以上が川崎重工製となります。
 アメリカ向けの受注残高は今後正式に発注されるオプション契約を含めると総額30億ドルを超え、今後車両カンパニーで取り組むプロジェクトの半分以上がアメリカ向けということになります。我々にとって非常に大切な市場です。

―長年かけて培った信頼関係ですね。

松岡 車両は長期間にわたって使うものです。安全性、品質、乗り心地など様々な条件が厳しく問われます。一度車両を納めるだけでは評価は得られません。車両を造り続けることで、お客様と長く付き合うことが非常に大切です。信頼感が高まると、受注が右肩上がりに伸びることになります。

―これからも順調に伸びそうですか。

松岡 安全性、快適性、さらに高速性など難しい条件をクリアする技術力が必要で、そのためには長い経験の中で培うノウハウ、ものづくり力が必要です。アメリカは元々ものづくり力を持っていたのですが、その後、産業の中心がサービス産業へと転換していき、ものづくりは空洞化が進みました。そこへオバマ大統領が現れ、グリーンニューディール政策を掲げました。鉄道を復活させて、環境やエネルギーの問題を解決するだけでなく、雇用を生み出し、鉄道産業を復活させようというものです。新たに高速鉄道を建設する計画もあります。しかし、日本の鉄道と異なり運賃収入だけでは経営が難しく、かなりの部分を国や州の税金を投入して運営しますから、プロジェクトが進むかどうかは政府の財政状態に大きく左右され、予断を許さない状況です。

―うまく進んでいるケースもあるのですか。

松岡 ベトナム、ブラジルなどでも高速鉄道計画はありますが、政府が方針を掲げた段階であり、ビジネスとして成立するにはハードルが高いように思います。比較的うまくいったのが台湾高速鉄道です。本来であれば台湾の国鉄が車両を調達するところを、民間の力を借りようと株式会社を設立して車両を発注する形をとりました。税金はほとんど投入していません。最近はかなり利用者も増えて、台湾の方々にも高速鉄道が定着してきています。人口密度が高く、所得レベルも高いという条件が整っているからでしょう。
 国が発展する最初の段階では鉄道の役割は大きいのですが、残念ながら国に予算がないというケースが多いですね。その点、中国は1人あたりの所得レベルはまだまだ低いのですが、あっという間に世界一の高速鉄道大国になりました。

―何故でしょうか。

松岡 新興国では鉄道など輸送インフラ整備の遅れが経済発展のボトルネックになることが多いのですが、中国はそれを避けるために、うまく海外の技術を取り入れたのです。それを自国流に発展させて、どんどん鉄道網を整備しています。日本が40年以上かけて整備した高速鉄道網の総延長を、中国はたった3年で、追い越してしまいました。既に日本の3倍程度の総延長はあるでしょうね。国が莫大な投資をして短期間で躍進する。いかにも今の中国です。

―川崎重工も技術協力したのですか。

松岡 中国も当初は自国で高速車両を造ろうと試みて失敗しています。そこで、世界の車両メーカーに門戸を開きました。当社は中国の南車四方という車両メーカーと以前から協力関係にあり、高速鉄道でも技術協力しました。当初結んだ480両の車両製造・部品供給契約のうち、初めの5%は日本で製造してから完成品を輸出しましたが、その後は「メイド・イン・チャイナ」を目指して徐々に中国での製造範囲を拡大し、最終的には中国で車両を完成できるようになりました。当時、兵庫工場には多い時で100人もの技術者が中国から車両製造を学びに来ていました。これも以前から南車四方との提携の下地があったからこそできたことです。
 その後も南車四方は努力を重ね、今や売上高で我々を上回る規模の企業になっています

―教え方が上手なんですね。

松岡 アメリカで技術指導した経験が生きています。アメリカの部品の中には基準が日本よりもはるかに厳しいものもあり、戦車に使う鉄板を使用するケースもあります。アメリカでは鉄道車両を製造する際、衝突事故に備えて造るからです。

―日本の新幹線が無事故というのも世界からの評価が高い理由でしょうね。

松岡 日本では衝突事故に備えて車両を強固にすることよりも、絶対に衝突事故を起こさない仕組みを作ることに重きを置いています。日本の新幹線で開業以来、乗車中の乗客の死亡事故が起きていないのは、運行事業者のレベルが高く、また、新幹線が在来線とは別の線路を走っているからです。このやり方が日本で成り立っているからといって、そのまま海外へ輸出してもうまくいくとは限りません。その国のお客様の事情に合わせなくてはいけません。

和を重んじる日本人 総合経営が効率的

―川崎重工は総合重工業として鉄道車両以外にも多くの製品を製造しています。車両カンパニーが総合重工業の一部門であることのメリットは?

松岡 総合経営のメリットの一つは、技術の相互補完性です。例えば、当社には技術開発本部といって、グループ全体の技術研究所としての役割を担う組織がありますが、車両事業だけでそれを負担することはできません。川崎重工全体だから持てる機能です。例えば、ポートライナーの無人運転などは鉄道車両の専門技術と、技術開発本部のシステム関連技術とが一緒になったからこそできたものです。

―総合重工業ができたのは効率化が目的だったのですか。

松岡 当初は、終戦後の財閥解体でバラバラにされた事業を再統合し、経営を安定させようとしたのです。当社とは逆の専業型の場合は、規模を大きくしてマーケットシェアの拡大を目指すアメリカ型経営となりますが、アメリカに比べて概して事業規模が小さい日本企業の場合は、専業型より総合型の安定経営が向いていると、私は個人的に思っています。海外で事業展開するには、企業として1兆円規模の受注をこなす力があった方がよく、それでなければ安定的に大きな注文を受けられないと思います。
 また日本人は、同じ会社だから助け合おうという仲間意識を持っています。和を重んじる国民性ですから、総合経営で求心力が働き効率的だと思います。

―松岡常務は車両カンパニー一筋ですか。

松岡 本社の財務に22年、オートバイではアメリカの販売会社に6年半、車両では工場で10年。いろいろなことをやってきていますよ。

世界中からの受注を待つ「efSET®」

―新型高速車両(efSET®)とはどんな車両で、開発はどこまで進んでいますか。
松岡 世界中の市場で通用する時速350キロの車両というコンセプトで、基本設計まで完了しています。世界のどこの国から注文が入ってもよいように準備を進めていますが、最初に走るのがどこの国かはまだ決まっていません。

―ヨーロッパの競合企業も高速鉄道を開発していますが、勝算はありますか。

松岡 それぞれに長所、短所がありますから、お客様がどういう優先順位で評価するかですね。また、高速鉄道の入札は、車両だけではなく、信号設備や通信システムなど全てを一括したプロジェクトとして評価されることが多いので、それにどこまで対応できるかです。総合力で優れているかどうかが問われていると思います。

―川崎重工の技術が海外に流出すると言うのは、どうなんでしょう。

松岡 我々が教えなくても、世界のどこかの企業が教えます。日本にしても、もともとはイギリスから車両製造技術を習得し、努力をして、それを超えました。大切なのは、教える側も、さらに進んだ技術を開発する努力を怠ってはいけないということです。

―大きな車両の工場外への運搬はしばしばニュースにもなりますが、システムは確立されているのですか。

松岡 ケースバイケースです。輸出の場合は神戸港から船で輸送しますが、国内向けの場合は鉄道の線路を使って運んだり、工場からトレーラーに乗せて道路を利用したりする場合もあります。

自分なりのモチベーションを持とう!

―今、映画でも話題の阪急電車から日本初の全鋼鉄製の車両を受注したのも川崎重工だったそうですね。

松岡 今から85年前に小林一三さんからの依頼を受け、日本で初めてオールスチール製の車両を製造しました。引退後は兵庫工場で保存していましたが、昨年、阪急電鉄100周年を機に「是非譲ってほしい」と申し入れがありました。我々にとっても大切な宝物ですが、「そういうことなら」と快諾し、現在は阪急電鉄正雀工場にて展示に向けた整備が行われております。

―100年という時間とともに進化してきた川崎の車両ですが、今後はどのような事業展開を進めるのですか。

松岡 一ヵ所に偏ることなく、アジア、アメリカなどバランスをとって海外事業に力を入れていきます。少子高齢化の日本では今後の需要は大きく伸びませんが、海外市場は今後も拡大します。日本以上に条件が厳しく、難易度も高いのですが、競争相手も同じ条件ですから、どこがより早く、より確実に対応できるかが勝負です。

―新入社員が入ってくる春です。今の若者はあまり元気がないと言われていますが。

松岡 我々団塊の世代と違って競争を知らず、目標を持たないままに育ってきているからでしょう。会社に入ってから慣れるまで時間はかかりますね。外に目が向いていないとも言われます。「商社マンになりたいけど海外赴任はいやだ」という人がいると聞いて驚いていたのですが、最近は「外務省に入ったけど外国には行きたくない」という人がいるそうです(笑)。

―最後に、新社会人に贈る言葉をお聞かせ下さい。

松岡 自分で自分のモチベーションを意識することです。我々の場合は「世界の人々の豊かな生活と地球環境の未来に貢献する」というグループの社会的使命を意識しています。社会に貢献できることをビジネスマンとしての気概にしています。それぞれにしっかりとしたモチベーションを持っていただきたいですね。

インタビュー 本誌・森岡一孝

ニューヨーク市交通局向け最新型の「R160」地下鉄電車

ニューヨーク市交通局向け最新型の「R160」地下鉄電車

1906年創業当時の川崎重工業㈱兵庫工場

1906年創業当時の川崎重工業㈱兵庫工場

アメリカでの拠点となるKawasaki Rail Car,Inc.ヨンカース工場

アメリカでの拠点となるKawasaki Rail Car,Inc.ヨンカース工場

3月12日に開通した山陽九州直通新幹線(新下関〜厚狭) 写真提供:西日本旅客鉄道株式会社

3月12日に開通した山陽九州直通新幹線(新下関〜厚狭)
写真提供:西日本旅客鉄道株式会社

3月12日に開通した山陽九州直通新幹線 (先頭構体)製造の様子

3月12日に開通した山陽九州直通新幹線
(先頭構体)製造の様子

日本初、車両全てが鋼鉄製の阪急電鉄車両(大正14年)。 写真提供/阪急電鉄株式会社

日本初、車両全てが鋼鉄製の阪急電鉄車両(大正14年)。
写真提供/阪急電鉄株式会社

兵庫区にある川崎重工業(株)兵庫工場 車両本館1Fロビー

兵庫区にある川崎重工業(株)兵庫工場 車両本館1Fロビー

20110403701

松岡京平(まつおか きょうへい)

川崎重工業株式会社
代表取締役  常務取締役
車両カンパニー プレジデント
昭和48年、横浜国立大学経営学部卒業。同年、川崎重工業株式会社入社。平成13年7月、車両カンパニー企画本部管理部長。平成21年4月、車両カンパニープレジデント就任。平成21年6月、代表取締役常務就任


ページのトップへ

目次 2011年4月号