桂 吉弥の今も青春 【其の十三】

今回の地震に思う

 私のコラムの締め切りは毎月十日となっている。この四月号は、原稿を書き上げて三月十日までに編集室に送るはずだったが、これが書けなかった。なんだか指が動かず一日二日待っていただこうと勝手に考えていた。
 三月十一日午後、東北から関東にかけての太平洋沖で非常に大きな地震があった。津波の被害がものすごい。今は十三日の早朝だが、亡くなった方や行方不明者の数が発表される度に恐ろしい数になっている。この本が出る頃とは状況が大きく変わっていることを承知で、今の私の気持ちを書きたいと思う。
 今回の東北地方太平洋沖地震は津波がこわかった。もちろん映像で見ただけだが、何もかも無くなっていく恐ろしさ。昨日から繰り返しテレビで放送されているが、見ていると体の力が抜けていく。人間がこの大きな力の前でなにもできない無力感だ。まだ多くの人々が取り残されているらしい「なんとかならんもんなんか」とテレビの画面にぼやくのだが、なにも出来ず。自分の無力感を痛感する。
 十六年前、神戸市灘区記田町のアパートで阪神淡路大震災を体験した。神戸大生だった私はとんでもない揺れで目を覚まし、部屋の中が滅茶苦茶になっていくのを「夢であってくれ」と祈って見ているしかなかった。揺れがおさまった後に窓を開けると、折れた電柱とガスのにおいでこれは現実なんだと突き付けられた気がした。「これから大変なことになるやろうな」と覚悟したのを覚えている。夜が明けたら落語研究会のクラブ員の無事を確かめに走った。食料や水を探しまわった。そして数日後、阪急電車に乗るために西宮北口を目指して歩いた。そう、あの時は歩けたのだ、地面がつながっていたから。今回はそれが出来ない。周囲を水で囲まれている皆さんは待っているしかないのだ、一刻も早く助けてあげてほしい。
 三月五日に三宮に行くことがあって感じたことがある。『大阪は新しい駅ビルが出来て、新しい街づくりが進んでいる。それに比べると神戸はちょっとなあ・・・』と。街の持ってる元気さ、賑やかさが大阪に負けているなあと思ったのだ。なんとなく。「十六年経ってもあの震災からの復興をまだまだ考えないといけないのか」と。今となっては贅沢な悩みかもしれない。
 今回被災した街の復興はいったいどれくらいの月日がかかるのだろう。神戸でかかった時間で元の姿に戻るという保証は無い。しかし必ずやらなければいけない。阪神淡路大震災という経験をもつ私たちは、お手伝いする気持ちとノウハウを持っている。平成七年のあの時から今日まで、私たちが日本中から受けたものをお返しする機会だと思う。もちろん日本全国で考えることなのだが。
 
 そして落語家としての自分の役割を考えた。
 命があって、食べ物が確保されて、これからの暮らしの安心がちゃんと見通せて、それからやっと落語を聴いて笑えるんだと思う。
 残念ながら落語は順番で言えば最後の最後。私の落語を聴いてもらえるのは、ずっとずっと先かもしれないが、その時に喜んでもらえるためにも精進しなければ。
 落語を聞く余裕はまだないでしょう。でもテレビが見られる状況になればNHKの「生活笑百科」を見て笑ってもらいたいなあ。ああ相変らず上沼さんと吉弥はおもしろい掛け合いをやってるなあ、いや、やっぱり仁鶴師匠が面白い、何言うてるの大助花子さんか阪神巨人さんの漫才や漫才。のどかに土曜日のお昼にゴロンとできるように。
 数々のスポーツ選手たちが今回の地震のお見舞いの言葉を述べている「たいへん心配しています。私は一生懸命プレイするだけです。見てくれている皆さんに勇気をもっていただければ」。
 吉弥もおんなじ気持ちです。今回の震災で被災された皆さん、お見舞い申し上げます。亡くなられた皆さんのご冥福をお祈りいたします。
 私は落語を頑張ります。そして、心に笑いのパワーが必要になったら、いつでも駆けつけます。

20110403201

桂 吉弥 (かつら きちや)

昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説
「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」
土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」
水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」
月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」
土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞


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目次 2011年4月号