
絵のある風景 第1回
文・蓑豊
兵庫県立美術館 館長
シカゴ美術館
シカゴ美術館はコレクションの質、量ともに、世界有数の美術館です。特に印象派の作品は、大家の優れた作品が揃っています。私は1985年から9年間、同館のアジア部長を務めていました。アジア部門のコレクションは歴史的に見ても希少性が高く、芸術的評価も高いものばかりです。特に1992年にオープンした日本屏風の展示室は、世界的な建築家安藤忠雄氏の設計で、幽玄とも言える雰囲気はすばらしく、同館の名物になっています。作品も、室町時代を代表する雪村周継の『四季山水図屏風』の一双の名作があり、雪村らしいスケールの大きな構成で、自然の雄大さが見事に表現されています。
さらに、浮世絵のコレクションは群を抜いています。浮世絵コレクションと言えば、まずボストン美術館の名前が挙がりますが、質の点ではボストン以上と言われています。例えば、錦絵を始めたと言われている鈴木春信の有名な『座敷八景』が全て揃っているのはシカゴ美術館だけであり、写楽の72点のコレクションも世界一です。クラレンス・バッキンガム・コレクションの写楽コレクションは、妹のルーシー・モードとケート・スタージュスによって受け継がれ、その全てがシカゴ美術館に寄託されました。病弱であったルーシーは、兄に続いて世を去ってしまいますが、ケートが兄・妹の後を継いで、世界中から作品収集を続け、コレクションを幅広くすることに尽力しました。そして全コレクションを同館に寄贈し、維持、管理するための基金を設立し、現在もアジア部門に貢献しています。
シカゴ美術館が世界にその名を知られているのは、膨大なコレクションがあるからだけでなく、印象派の珠玉の作品を収蔵しているからです。年間200万人もの来館者がありますが、お目当ては印象派の名画です。そして、これらの大多数が寄贈されたものであることも特筆すべきことです。
同館門外不出の名作であるスーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』はヘレン・バーチ・バートレットメモリアルコレクションからの1点です。同コレクションは1927年に全てシカゴ美術館に寄贈され、その中にはロートレックの『ムーラン・ルージュにて』や、ピカソの青の時代の代表作『老いたるギター弾き』、ゴッホの『アルルの寝室』などが含まれています。初期印象派のカイユボットの大作『雨の日のパリ』、ドガの代表作として知られる『婦人帽子店』、そしてセザンヌの『盆にのっているリンゴ』は硬質な筆致で、印象派の中で独自性を際立たせています。また、『二人のサーカスの少女』はルノワール全盛期の作品で、これらの作品はコレクターがいかに精力的に蒐集にあたったかを如実に示しています。
19世紀末のアメリカにおいて、フランスのコスチュームや香水は憧景の的であったに違いありません。そして絵画は美の具現化として、香り高き芸術の象徴として、アメリカの資産家の心を捉えて離しませんでした。

安藤忠雄 「日本の屏風の陳列室」

スーラ 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」

ピカソ
「老いたるギター弾き」

セザンヌ 「盆にのっているリンゴ」

ゴーギャン 「テハマナの祖先」

カイユボット 「雨の日のパリ」

ルノワール 「二人のサーカスの少女」
蓑 豊 (みの ゆたか)
兵庫県立美術館 館長
1977年 米国ハーバード大学文学博士号取得
1988年 シカゴ美術館 東洋部長
1996年 大阪市立美術館 館長
2004年 金沢21世紀美術館 館長
2005年 金沢市 助役
2007年 サザビーズ北米本社 副会長
2007年 大阪市立美術館 名誉館長
2007年 金沢21世紀美術館 特任館長
2010年 兵庫県立美術館 館長