桂 吉弥の今も青春 【其の十二】

活字のはなし

 このコラムを始めて1年ほど、字数を埋めることに必死のパッチになりながらもなんとかかんとか続けている。そして、もうしばらくやらせてみよかという編集部のお言葉をいただき、四月からもまたお目にかかれることになりました。どうぞよろしくお願いします。
 さて、落語家は移動の多い仕事で、長い時間電車に乗るということもよくある。私はそんな時には本でも新聞でも雑誌でも、とにかく活字を持って乗らないと落ち着かない。ひょっと忘れても新幹線ならば目の前の座席ポケットに雑誌がある。ほんとに何も無いと携帯電話で他人のブログなどを読んだりしているが、すぐに退屈してしまう。やっぱり活字を読んで、そしてページを指でめくりたいのだろう。
 もともと本が好きだった。テレビやラジオも大好きだったけれど。大学生の時には下宿の部屋にテレビを置かずに五年間を過ごしたので本を結構読んだ。これはテレビを置くとおそらく一日中(つまりは五年間)見てしまうんじゃないかと恐ろしかったので自主規制したのだ。それが良かった。トレンディドラマは見られなかったが、流行の本に出会えた。
 一番の出会いは大沢在昌「新宿鮫」。鉄砲をぶっ放したことはもちろん、人をグーで殴ったことの無い私。警察もので、新宿で、そんなもの面白いと思えるだろうか。しかもカッパ・ノベルスだった。カッパ?何でカッパなん?カッパの絵書いてあるし。高校生の私なら本屋で見かけても手にも取ってないかもしれない。しかし当時大学一年生、一人暮らしを始めたばかり。大人になろうとの背伸びで買ってしまったんだと思う。そして、これが、抜群に面白かった。あっという間に読み終えてしまった。『俺はこんなのも面白いと感じるんや』という凄い発見をしてしまったのだ。自分の知らない自分に出会うってこと、これが大人になるってことやん。青春だった。
 次の出会いは宮部みゆき「火車」。この作品では人生で一番の恐怖体験をする。読み進んで、ある箇所でゾーッとした。今まで聞いた怪談やホラー映画、肝試しにお化け屋敷、そのどれもを凌駕する「ゾーッ」だった。別にお化けや幽霊が出てきたんじゃない。ページをめくって活字を読み進めていって、頭の中に作品の世界が広がった中、ある一文を読んだ途端に背筋がゾーッだ。びっくりして本を閉じた、閉じたけど頭の中のゾーッは止まらない。あかん!もうあまりに怖いもんだから、急に鼻歌を唄いだして部屋を出て、コンビニに人けを求めに走った。
 号泣したこともある。浅田次郎「鉄道員」。この本の中の「ラブ・レター」。もう涙が止まらなかった。米朝師匠宅での内弟子時代だったから、おそらく弟子部屋で読んだのだろう。あの涙のまま誰かに会ったら、内弟子ってそんなに辛いもんかと同情されたに違いない。泣きながら活字を追うのである。もうそこで止めてもいいのに止められない、先に進むとまた号泣だ。本や活字の力って凄いのだ。
 そんな私が久しぶりにワクワクした作品、塩田武士「盤上のアルファ」。実はラジオを一緒にやっている塩田えみちゃんの弟で、新聞記者が本業の彼。講談社の賞を穫っての出版となったらしい。弟が本を出しましてという姉さんの宣伝に乗っかり買って読んだのだが・・・最高な時間だった。神戸の新聞社の記者という著者と同じ境遇の主人公が、姫路・三宮・住吉・尼崎と私にとても馴染みのある町を通して変化していく。もちろんタイトルに盤上とあるくらいだから将棋の話だが、将棋が分からなくてもじゅうぶん面白いと思う。縁があって手にした本だけど、あかんかったらはっきりあかんと言うし、このコラムには書かない。 私はこの本を読み終えてムクムクとやる気が起こってきたのである。
 まず、より多くの人に読んでもらいたいという宣伝欲がむくむくと。そして映像化しないといけない、それも大阪弁や神戸弁がちゃんと分かった連中で。ページをめくる度にもう頭の中に登場人物が活き活きと動くのである、絶対に映像にするべきだ。『あのね、そんなことあんたが考えなくても講談社さんがちゃんと進めてるわ』とも思ったよ、でもええねん、その気になったんやから。
勝手に応援隊になった私は知り合いのドラマプロデューサーに本を手渡した、大阪弁で関西でドラマを作るんならこれしかない。
 「絶対やりたくなるで」と言うとそのプロデューサーが一言「ありがとうございます、で、吉弥さんはどの役をやりたいんですか?」だと。あらら、あんた人の心が読めるのね。

20130305201

桂 吉弥 かつら きちや (KATSURA KICHIYA)

昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説
「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」
土(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」
水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」
月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」
土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞


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目次 2011年3月号