[海船港(ウミ フネ ミナト)] 「平清盛」で神戸を盛り上げよう!

文・写真 上川庄二郎

【2012年の大河ドラマは「平清盛」】

2012年放映のNHK大河ドラマが「平清盛」と決まった。
1978年、朝ドラの「風見鶏」で北野の異人館を中心に一気に神戸が全国区の観光地に伸上がった記憶がある。その後も、大河ドラマで「義経」が放映されたが、下関などは壇ノ浦の合戦を取り上げ、大いに盛り上げていたにも拘らず、残念ながら神戸ではあまり大きく取り上げようとしなかった。また、昨年の「龍馬伝」でも神戸は手をこまねいていたが、各地ではこの大河ドラマを最大限地元観光振興に取り込んでいた。
今回はその反省もあってか、「平清盛」の放映を受け、官民上げて観光振興の推進協議会を立ち上げ神戸を全国にPRしていくという。狙いは、もちろん神戸経済の活性化である。
神戸には観光スポットがいくらもあることに慢心し、これら観光スポットをネットワーク化してこなかったためにばらばらのまま。しかも、これを磨かずに放置している。金剛石も磨かなければ光り輝かない。あたら一級品の観光資源を二級品以下に放置しているのが現状である。したがって、神戸のまちは、折角訪れてくれた観光客に極めて不親切な対応しか出来ていないのが原状である。
ともかく、市長、知事、商工会議所会頭を発起人とし、委員・学識経験者ら100人に上るメンバーで昨年(2010)12月27日「大河ドラマ『平清盛』推進協議会」の設立総会を開いた。各界の総意を汲み上げ真剣な取組みがなされることに期待したい。

【船上クリスマス&忘年会】

そんな折、2008年に「瀬戸内・感動体験クルーズ」を実行した神戸経済同友会の当時の代表幹事である植村武雄氏(小泉製麻社長)の呼びかけで、実行委員を務めた面々に、昨年(2010)12月25日、「船上クリスマス&忘年会」を楽しみませんか、と案内があった。中突堤に停泊中の《にっぽん丸》のご厚意によるものである。この企画は、もとより忘年会が主たる目的ではない。いずれは、神戸港を起点にした「瀬戸内海クルーズ」の事業化に向けた取組みの一環である。この事業化によって、神戸港ひいては神戸のまちの活性化に貢献しようとしていることは言うまでもない。
参加した20数名が、新装なった《にっぽん丸》の船内見学を終えたあと、フルコースのランチタイムを過ごし、イリュージョンショーを楽しみ、再会を願って《にっぽん丸》を後にした。

【平清盛は、神戸だけの人物ではない】

ところが、今回設立した推進協議会では、平清盛を神戸人と考えているように思えてならない。そこで一言提言したい。
平清盛は、京都から神戸、瀬戸内海、最後は平家が壇ノ浦で果てるまで、西日本各地とりわけ瀬戸内海に多くの足跡を残している。
その中で、神戸では福原遷都と大輪田の泊の築造、それと鵯越の源平合戦の舞台となった短い期間にすぎない。平清盛の神戸の足跡だけで全国に向けてアピールするには少々物足りない。しかし、ここで忘れてならないのは大輪田の泊に由来する神戸港の存在である。
港は、外に、世界に開かれた海の玄関である。瀬戸内海は、言わば神戸港の前庭といっても良い。
この神戸港を活用して、京都、瀬戸内海沿岸都市、クルーズ船社(飛鳥Ⅱ、にっぽん丸、ぱしふぃっくびいなす)、クルーズエージェントなどと協働して、神戸港発着の平家ゆかりの瀬戸内海クルーズを企画し、まずは首都圏からの観光客を呼び込むことを考えよう。この瀬戸内クルーズを2012年中に一船3航海ぐらい担当してもらえれば、10回程度の瀬戸内海クルーズが実行できよう。

【瀬戸内海クルーズを世界に売り込もう!】

神戸港は、クルーズを最大限活用して、「平清盛」を契機に、瀬戸内海定期クルーズのマザーポートとしてウイークリー実施が可能となるような足がかりを築くことを考えていただきたいと思う。
出来るだけ早く、瀬戸内海クルーズ専用のクルーズ船を建造することも考えたい。
瀬戸内海は、エーゲ海やライン河などよりもはるかに魅力的である。この瀬戸内海クルーズを国内クルーズに留めず、ヨーロッパのリバークルーズのように世界に売り込んでゆきたい。
何と言っても、神戸はみなとで生きている(きた)まちなのだ。官民あげて、もっとみなととダウンタウンの融合を図り、みなととまちを一体化して神戸を西日本の観光拠点に持ってゆきたいものである。

神戸港・中突堤に華麗な姿で停泊する≪にっぽん丸≫。こんな風景が毎日見られるようになったらいいな。

神戸港・中突堤に華麗な姿で停泊する≪にっぽん丸≫。こんな風景が毎日見られるようになったらいいな。

安徳天皇や平家一門を祀る赤間神宮(下関市)

安徳天皇や平家一門を祀る赤間神宮(下関市)

かみかわ しょうじろう

1935年生まれ。
神戸大学卒。神戸市に入り、消防局長を最後に定年退職。その後、関西学院大学、大阪産業大学非常勤講師を経て、現在、フリーライター。


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目次 2011年2月号