情報とネットワークを生かす

西河 芳樹 さん
日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社
取締役・神戸医薬研究所所長

 

―神戸医薬研究所とは?
西河 ベーリンガーインゲルハイム株式会社は本社をドイツのインゲルハイム、製薬ビジネスの研究開発拠点をビベラッハに置いています。さらに、大きな医薬品市場である米国をはじめ、世界各地に研究拠点を持っています。その一つが神戸です。

 

―なぜ日本に研究所を置いたのですか。また、神戸ではどのような研究をしていますか。
西河 製薬ビジネスは生物学・医学・工学・薬学・化学など広範囲にわたる学問を基礎にしています。それらの分野とどう連携できるかが成功の秘訣ですから、実績があり成果をあげている日本にも拠点を置いています。しかしベーリンガーインゲルハイム社の医薬品の治療領域は比較的広範囲にわたっています。その中でも神戸では、日本での新しい治療に役立つ医薬品に関して初期の段階の研究をしています。免疫、炎症、呼吸器疾患、代謝疾患など生活習慣病の領域を中心にした創薬研究です。
 一つの薬を開発するには十年、二十年という長い期間膨大な投資と何よりも社内におけるチームワークが必要です。大きな製薬企業では初期の創薬段階の成果を外部から調達する傾向に変化しつつありますが、ベーリンガーインゲルハイム社は研究開発型企業として創薬研究を大事にしています。株式を公開していませんから、経営を担う資本家が「目先の利益にとらわれず長期の製薬ビジネスを展開する」という意思も尊重できるのです。

 

―大学とも連携しているのですか。
西河 日本国内の多くの大学の医学、薬学、理学系学部と共同研究契約を結び、薬の開発や製品化へのネットワークを持っています。研究者が最新の情報を集めて研究し、そこへ我々が直接出かけて行き研究者同士の話しができることは、国内に研究所を持っている利点です。

 

―日本での研究所の移転先に神戸を選んだ理由は?
西河 医療関係の研究開発に最適な場所をシンクタンクに依頼して調べたところ、神戸の獲得ポイントが最高でした。理化学研究所等の研究機関や企業が集約された環境であることも大きな魅力でした。

 

―近い将来、稼働するスパコンも活用するのですか。
西河 もちろんフル活用していくつもりで大いに期待しています。建物やハードではなく、大切なのはそれを動かすソフトウェアと人間です。直接、話しをすれば新しいアイデアがどんどん出てくると思います。

 

―ポーアイでの他の企業や研究所との交流や情報交換の利点はありますか。
西河 お隣にも同種企業がありますし、他にもベンチャーや同業の研究所、医療機器メーカーも多くありますので、交流の中から新しいアイデアが生まれます。また、最先端の理研の発生・再生科学総合研究センターは三次元的四次元的な部分や、ある意味で哲学的な部分もある深い学問ですから、様々な分野の研究者との交流で切磋琢磨することが研究所員の良いトレーニングになると思います。

 

―グローバル企業として世界各地の研究者との社内情報交換は?
西河 神戸にいる社員は皆、ドイツの研究所とお隣という気持ちです。ほとんど毎日、テレビ会議で話しをしますし、実験機器自体もオンラインでつながっていますから、隣の部屋にでもいるような感覚です。ベーリンガーインゲルハイム社は透明性を大切にしていますので、一人ひとりが何をやっているか本社で把握できるようになっています。日本だけが隔離されているわけではなく、仲間として扱ってくれています。

 

―研究所での成果は既に上がっているのですか。
西河 基礎研究が薬に結び付くまでには多くの人たちが関わっています。私たちの研究の成果が最終的に生かされている例はたくさんあります。例えば、薬を錠剤化する優れた技術は製品化する際に大いに役立っています。

 

―ベーリンガーの神戸医薬研究所の今後はどうでしょうか。
西河 私は大学時代から各国の人たちと関わり、各国の企業で働いてきました。ドイツ人は日本人と気質がよく似ています。日本人以上に頑固かもしれません。決めるまでは良い点・悪い点全てを挙げてとことん議論しますが、一旦決めたら決して考えを変えません。何かにつけて時間がかかるのですが、そのぶん信用が置けます。神戸に研究所を開設するにあたっても、あらゆる点を精査して決めたことですから神戸から動きません。社員も安心ですし、皆さんにも安心していただけると思います。

 

2009年秋にポートアイランド(第2期)に開設した神戸医薬研究所

2009年秋にポートアイランド(第2期)に開設した神戸医薬研究所

 

西河 芳樹(にしかわ よしき)

1978年、京都大学大学院工学研究科博士課程工業化学専攻。1978年、京都大学博士号取得。京都大学医学部医化学教室文部教官助手、ノバルティスファーマ株式会社、ブラッコ・エーザイ株式会社などをへて、2003年、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社 取締役 神戸医薬研究所長に就任


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目次 2011年2月号