音楽的風景 最終回 映画に音楽がなかったら

文・矢崎和彦

 

映画に音楽を使用することを禁じる。そんな法律が施行されたとしたら、間違いなく、観る人に与える情緒的インパクトは激減してしまうに違いありません。「卒業」も「太陽がいっぱい」も「ある愛の詩」も、そして、すべての名作映画が今日の作品的評価を得ることはできなかったと思うのです。しかし、その理由を考えると論理的な理由が見つかりません。音楽が挿入されていないと言っても無声映画に戻そうということではないのですから、会話や、他の音が入っていれば、ストーリー展開は完全に理解できることになるからです。ということは、私たちは映画を観る際に物語の成り行きだけを追いかけているのではなく、それ以上の何かを映画の中から流れる音楽からも感じ取っているということになりそうです。不思議なことです。
さて、話を映画から私たちの生活に転じてみたいと思います。私は今iPodから流れる音楽を聴きながら、北京空港から関西新空港に向かう飛行機の中でもこの原稿を書くためにマックブックに向かっています。場所は特定できませんが、つい先ほど、韓国の上空だと思われる場所を飛んでいました。眼下には星屑を散りばめたような美しい夜景がひろがっていました。流れる音楽と共に、その様子を眺めていると自分自身が何か幻想的な物語の中に入り込んだような気持ちになりました。良質の音楽は、風景さえも特別の何かに変質させてしまう魔法の杖のような存在だと感じました。音楽が持つ力の大きさをお伝えするエピソードとしてご紹介したのですが、多くの読者の方々も、すでに私と同様の体験をお持ちだと思います。街を歩くときも、大自然の中に身を置いていても音楽と共にあると、心の様相が変わってしまうということを。
一年にわたって執筆させていただいた「音楽的風景」も今回で最終回となりました。音楽発生の起源には諸説あり、それは永遠に答の出ない歴史的課題だそうです。しかし、私たちにとって大切な事は、音楽発生起源を知ることや、その存在理由を知的に解釈することではなく、音楽が私たちに与えてくれる身体的精神的効用を体感することにあるのです。この執筆を通じて、私は、人類が永年に渡る営みの中で脈々と築き育んできた音楽という素晴らしい文化を、もっともっと贅沢に生活や人生に取り入れていくべきだと思うに至りました。自分たちの生活物語や人生物語を、より良い名作にするために・・・。

 

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矢崎和彦(やざき かずひこ)

株式会社フェリシモ代表取締役社長

 

1955年7月10日生まれ。1978年、学習院大学経済学部卒業。株式会社ハイセンス(現株式会社フェリシモ)入社。1984年、同社常務取締役マーケティング本部長就任。1985年、同社専務取締役就任。1986年、同社取締役副社長就任。1987年、同社代表取締役社長就任。2005年、神戸大学大学院経営学研究科終了MBA取得。


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