桂 吉弥の今も青春 【其の十一】

 お正月三日に高校の同窓会に出かけてきた。うちのクラス3年12組では八年ほど前に集まったらしいがその時私は参加できず、今回の学年合同の集いが初体験。高校卒業以来だから二十二年ぶり。同級生の名前が出てくるかが心配だった。もちろん今でも会ってる連中は何人かいるから、そいつらが頼りである。まずは受付をする、胸につける大きな名札を配っていたので名前の件は一安心。「どうもご苦労さんでーす」と笑顔で挨拶したものの、心は焦っている。頼りにしようと思ってたよく会っている連中がほぼ受付業務をしていたからだ。あかんどないしょう。「吉弥噺家のくせに何を言うてるねん」と皆さんは突っ込みはるかもしれない。しかし高座や舞台とは勝手が違う、ここは二十二年ぶりの同窓会会場なのだ。
 しかし、しか~し、そんな心配はほんとに無用であった。受付をすましてまず目が合った男性、私も彼も同時に笑顔になって近寄っていく「うわーバッチンやん」「おお、リュウサクさん」、手を握って肩をバンバン叩き合う。ちなみに彼の名前はカワバタであだ名がバッチン、私は本名の下の名前が竜作。お互いサッカー部での呼び方。「いやあ久しぶりやで」「太ったなあ」「お互いな」「アハハハハ・・・」。大人の挨拶っぽい形はとってるが、もうすっかりサッカー部時代に戻ってる。確かに二人とも顔の輪郭にお肉がついているが、私の目の前のバッチンは二十二年前のまんまに見えた。すぐに、彼の走ってる姿が頭の中に浮かんだ、暑い暑い夏の練習で走ってる姿。休憩になって水のみ場にダッシュする姿。試合中に敵と競り合って走ってる姿。びっくりするぐらい鮮明に思い出すものだ。ちなみに私自身の走ってる姿も思い出せるかなあと頑張ってみたが、自分で自分の姿は見てないからか思い出せなかった、残念。そしてバッチンがボールをヘディングする姿が浮かんだ。私がハーフ(中盤)でバッチンがバックス(守備)をやって、彼がヘディングでクリアしたボールを私が受け取る光景。そうか、うちのチームは弱かったし、バッチンによくボールがいってたんだわ。守りの要やったんや彼は。
 二人で話をしているとワラワラとサッカー部が集まってきた。「おう」「おう」「久しぶり」「変わってへんなあ」と話していると、みんなスーツやジャケットを羽織っているが、もう私の目には春日丘高校サッカー部伝統の紫色のジャージを着てグラウンドの隅に集まっているようにしか見えない。そして、みんなの走り方を思い出す。サッカーってボールを蹴るんやけど、やっぱり走るスポーツなんやと妙に納得してしまった。
 この時点で、まだ同窓会の式自体は始まっていない。でも話したいことが次々にでてくる。「8キロのマラソン練習でコンビニに入ってサボってたやろ」「知ってたんか」「分かってたけど知らんふりしてた」「大人やなあ お前」・・・そんな話をずっと。「早よ会場に入ってよ」と幹事の陽子さんにうながされた。
 会場に入ってクラスごとに座る、今度は当時の教室の雰囲気がわーっと蘇ってくる。高校時代によう喋ってたやつはやっぱり賑やかやし、おとなしいものはそのままで面白い。
 中学校ではブラスバンド部をやっていた私はその時のブラバン仲間とも話し込んだ。人数は少ないけれど同じ中学から同じ高校に来てた者と。今度は彼らの楽器を吹いている姿をはっきり思い出した。ちょと練習する時間をもらって当時の制服と楽器を用意してもらえれば、彼らのものまねで拍手をもらえる自信がある、それくらいはっきりと。
 せっかくの料理も飲み物もほとんど手をつけなかった。ずっとしゃべっていた。そして話をするとみんなの記憶の中にはっきりと私がいた。「ずっとお前と二軍の試合で組んでたなあ」「渡辺美里のコンサート行ったやん」「こいつお前のこと好きやったで」「サッカー下手やったな」・・・。私が思い出したくても思い出せない自分自身の姿がみんなの頭の中に残ってる。それがめちゃめちゃ嬉しかった。

 

20130305201

KATSURA KICHIYA

桂 吉弥 かつら きちや
昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説 「ちりとてちん」徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」 土曜(隔週) 12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」 水曜 14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」 月曜 19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」 土曜 10:00〜12:15
平成21年度兵庫県芸術奨励賞


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目次 2011年2月号