草葉達也の神戸物語

ゲスト:松尾 貴史さん
(タレント・俳優)

草葉 今から二十五年ぐらい前に、松尾さんにタクシーに乗せていただいたことがありました。
松尾 へぇー そんなことがあったのですね。
草葉 その時に神戸の御出身と伺って、何かまたご縁があればと思っていました。確か生田神社横のホテルモントレ辺りにお住まいだったと聞いた記憶が・・・。
松尾 あれはね、うちの父の店があった場所ですね。住んでいたのは東門の方ですね。
草葉 神戸にはおいくつまで?
松尾 中学二年生までです。
草葉 じゃ記憶としては?
松尾 結構残っていますよ。四歳ぐらいの時に東門のところから貿易センターのところに引っ越しをしたんですよ。ですから東遊園地とか区役所とか、よく遊びに行きましたね。あとサンテレビも大開のスタジオ時代に、落語会の二本撮りの収録があって、二週間に一度観に行っていました。帰りにさんちかタウンで補導されて(笑)。
草葉 さんちかで?
松尾 中学一年だったかな、二本撮りなので終わって帰るのが十時を過るんですよ。補導員の方に中学生がこんな時間にって。
草葉 (笑) 東遊園地は私も思い出がありまして、噴水が綺麗でしたね。
松尾 そうですね。あそこで恐らく外国人だと思うのですが、当時は日本で簡単に手に入らなかったバスバブルス、あの泡風呂にする液体をね、夜中に噴水の中に誰かがぶちまけるんですよ。すると朝になると東遊園地の噴水の周りが泡だらけになって、それが凄く幻想的な世界でした。子供は喜んで、大人は怒っているというのが楽しかったですね。
草葉 それは絶対に外国の方の仕業ですね(笑)。
松尾 あの時代に、泡風呂の液を持っている人はそんなにいないでしょ(笑)。まだ外国船の出入りも多かったですし、近所にニューポートホテルもありましたし。東遊園地の噴水がえらいことになっているって大騒ぎでした。
草葉 (笑) 他に子どもの頃の思い出は?
松尾 小学校の時に越境通学していましたので、貿易センターの辺りから教育委員会の近くにある神戸小学校まで通っていましたのでね。
草葉 へえー 大変ですね。
松尾 行きはずっと上り坂でしたから三十分ぐらいかかるんですよ。帰りは三時間ぐらいかかるんです。
草葉 えっ?
松尾 まず校門の外に出ると、般若の面のひな形で金粉と粘土で遊べるような物を売っているおばちゃんがいて、ハンカチでネズミの作り方とか教えてもらって、ちょっと教育委員会のとこの怪しい坊さんと遊んで。
草葉 怪しい坊さん(笑)
松尾 それから元町駅で大人からかって元町商店街で海文堂やカメヤに行って、老祥記で三つ五十円の豚まん食べて、大丸の地下でも試食を食べて、六階の玩具売り場に手品の実演販売をしている山田さんという、いつも咳をしているオッチャンがいて、そのオッチャンが商売にならないのに色々と教えてくれましてね、もう亡くなられましたが本当に尊敬していました。その方のお蔭で、僕はサービス精神というものを教えてもらったように思います。そのあとはセンター街を抜けて、そごうからフラワーロードを下ってナショナルのショールームのお姉さんに遊んでもらって、近所にクリスマスの飾りなんかを扱っている会社があって、そこで色々と不要な物をもらうんですよ。うちは貧乏でしたが、クリスマスだけは本当に賑やかでしたよ(笑)。

 神戸で育った時代は、小学校から自宅までに色んなエンターテーメントがあったという松尾さん。神戸の古き良き時代を知る一人として、語り続けてほしいですね。

東野ひろあきpresentsさばのゆ大学  6/18「関西弁朗大会」より(大阪福島・喫茶さばのゆ温泉にて)

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20130807101

松尾 貴史(まつお たかし)

1960年生まれ
タレント、ナレーター、DJ、俳優、コラムニストとマルチな顔を持ちワイドショーのコメンティターとしても活躍中。

 

くさば たつや

神戸生まれ。作家、エッセイスト。
日本ペンクラブ会員、日本演劇学会会員
神戸芸術文化会議会員、大阪大学文学部研究科
阪南大学国際コミュニケーション学部非常勤講師
ひょうご老舗会実行委員長


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目次 2013年8月号