
[海船港(ウミ フネ ミナト)] 安心できない南極の動物たち
文・写真 上川庄二郎 題 字 奥村孝
⑥
【不幸な南極の動物たち】
南極の歴史のところでも触れたように、18世紀に入って、イギリスのジェームス・クックが南極圏を航海した時に、そこにはアザラシや鯨などの海洋生物が沢山棲息しているのを見つけ、世に知らしめた。これ以来、南極は一気に捕鯨、アザラシ猟の時代に突入した。もちろん可愛いペンギンたちもその対象物だった。
ペンギンを胡麻のごとくに棚氷 恵美子
狩猟者たちは、競ってこの海に出向き、乱獲に継ぐ乱獲を繰り返し、その資源を枯渇せしめる寸前にまで追いやってしまった。
今も、デセプション島には、捕獲した鯨などから油を取るためのボイラーやタンクそれに上屋などの施設の残骸や朽ち果てた捕鯨船が遺棄されたまま放置されており、無残な姿をさらしている。私もそれを目の当たりにして何とも言えない虚脱感を覚えたのを忘れられない。
こんな廃墟を、南極条約で南極に残された重要文化財に登録されているというのだからびっくりしてしまう。保存するならそれなりに何らかの手を施して管理しなければ、後いくばくもなく朽ち果ててしまうことは目に見えている。
何故にデセプション島にこのような施設があったのかといえば、ここは火山地帯で温泉も豊富に噴出していたからで、この地熱エネルギーを利用して機械を動かしていたのである。
われわれ乗船客一行も指宿温泉(鹿児島)の砂風呂よろしく、外気温の寒さも気にせず浜辺の砂を掘って温泉浴を楽しんでいる。中には80歳の老夫婦もいてその元気さに驚いたものである。
【自らの悪い生活習慣を南極に持ち込んだ人間】
やっと、その南極の動物たちにも、明るい兆しが見えてきた。それが南極条約である。前号で述べたように、在来動植物の捕獲、殺傷、外来種の持ち込み(犬ぞりも)が禁止されて、やっと彼らの世界にも平和が訪れたかに見えた。徐々に種の回復が行われてきたことは喜ばしいことなのだが、おっとどっこい次なる難関が待ち構えていたのである。
それは、人間そのもの、現在の観測基地の存在そのものが、先号でも述べたように南極の動植物たちの生態を脅かすようになってきたからである。
かつて、南太平洋の島々に伝染病や性病を持ち込んで、南海の楽園で平和に暮らしていた島の人たちの生活を壊滅状態に陥れた西洋人たちのことが頭をよぎる。
つまり、観測隊員をはじめ観光のために大勢の人間が南極にやってくるようになった。このことによって、新しい病原菌が持ち込まれ、一方では地球温暖化とも相俟って多くの動物が棲息する南極地域にこれらの病原菌が繁殖しつつあるとも云われている。
今度は、南極なのか? と、背筋が寒くなる。このことは、アメリカの生態学者であるデビッド・G・キャンベルが鋭く指摘している。彼の言葉を借りれば、「南極を、ひいては地球を潰しているのは人間そのものだ」ということである。
人間が持ち込んだ生活必需品これも廃棄すれば南極に棲む動物達にとっては、危険物でしかない。結果として彼らの生活が脅かされる。
最近では、アホウドリやカモメたちが漁撈にやってくる漁船が捨てる残飯に慣れてしまって漁をする感覚を失い、船がいなくなると飢え死にするものもいるということである。こんな現象が続けば、一〇〇年もしないうちに南極には鳥はいなくなってしまうかもしれない、と指摘する。
銀座の朝の残飯漁りをするカラスやカモメにも相通ずるところがありそうだ。六甲山麓にイノシシが出没するのも、彼らに餌付けをする人間の方に問題があると云ってもよい。
【人間もペンギンの子育てに見習おう】
ペンギンの大空捨てし泳ぎぶり 恵美子
ペンギンの影ながながと帰巣かな 恵美子
一方、ペンギンの涙ぐましい子育て振りを見ていると、人間社会に優る親子の愛情に心底感じさせられる。特に最近の若い親たちの子育てを見ていると、いっそうその感を強くするものがある。
【ペンギンの天敵はカモメの仲間】
自然界は弱肉強食の世界である。大事に守っているペンギンの卵をこそ泥に来る南オオセグロカモメや、ペンギンの雛を襲う南極大トウゾクカモメといったやつもいれば、おこぼれ頂戴の南極フルカモメやサヤハシチドリなどもいて油断もすきもならない。
外来種の持込が禁止されたとはいえ、可愛いペンギンの天敵はたくさんいる。
南極かもめ舞ふはペンギンポイントか 恵美子
しかし、南極の動物たちの最大の天敵は人間である。最後にそのことに触れておこう。
【南極の動物たちの主食はオキアミ】
そのペンギンたち南極の動物の食料はと云えば、オキアミである。
南極オキアミ(エビに似た甲殻類)の総量は、およそ六億t~二十億t。これは、地球上のどの動物よりも量が多い(デビッド・G・キャンベル)。そして、このオキアミこそが、鯨、アザラシ、ペンギンそれに魚たちの主食なのである。
南極海には、このオキアミを増殖させる珪藻などの植物プランクトンが豊富にあるため、このような食物連鎖が営々と続いている。
ところが、このオキアミの蛋白源に目を付けた人間が、これを大量に採り始めたから大変なことが起こり始めている。彼らの主食であるオキアミを大量に採取して減らしてしまうことは、まさに彼らの死活問題なのである。
南極条約が締結されて在来動植物の捕獲、殺傷、外来種の持ち込みが禁止され、彼らの世界に平和が訪れたかに見えたが、条約に抵触しない彼らの主食であるオキアミに手を付け出したのだから大変である。食料が枯渇することは、彼らにとって一大事であることは火を見るよりも明らかだ。
食物連鎖の最も基礎的な部分(オキアミ)に人間が手を付けることは、鯨を獲る漁業から鯨の餌を獲る漁業に転換したまでで、よくよく考えてみれば、彼らを捕獲しなくても彼らの生存権を奪っていることに変わりはない。鯨以上に危ないのは、アザラシでありペンギンなのである。
デビッド・G・キャンベル氏は、その阿漕な国として、ロシアと日本を名指し、ロシアは毎日食べるパンに添加され、日本は、〝煎餅の飾り〟になっていると皮肉っている。
最終回では南極の直面する問題を取り上げよう。

外気温5度のデセプション島で砂風呂を楽しむ乗船客

鯨油を精製した施設の残骸

木造のキャッチボードの残骸?

子どものために、オキアミを採りに一斉に海へ繰り出してゆくペンギンたち

帰ってきたよ! とオキアミでお腹を一杯にした
アデリーペンギン

子どもに餌を与える母親ペンギン

駆け足、駆け足! 子どもの走行訓練に精を出す母親ペンギン

虎視眈々とペンギンの雛を狙う大トウゾクカモメ

卵のこそ泥に飛び立つ南オオセグロカモメ
かみかわ しょうじろう
1935年生まれ。
神戸大学卒。神戸市に入り、消防局長を最後に定年退職。その後、関西学院大学、大阪産業大学非常勤講師を経て、現在、フリーライター。