
連載 浮世絵ミステリー・パロディ㉕ 吾輩ハ写楽デアル
中右 瑛
「写楽は写楽である」と論評の瀬木慎一センセイ
写楽研究の第一人者で、写楽研究の集大成『新版・写楽実像』(美術公論社刊)を出版した瀬木慎一センセイは、
「写楽のナゾとは何なのか?」
と、ナゾについて資料を提示し、スライドを交えながら講演した。
−写楽の活躍期は寛政六年五月から翌七年二月まで。その十ヶ月間に、大首絵から全身像へと変化しながら百四十五点(上限)の作品を残す。この変化は、大首絵であきたらなくなった写楽は、全身像(細版)を描くことによって、連鎖空間の広がりを示すもので作品の向上があり、決して画技力が衰退したものではない−
と強調。加えて別人説ブームを批判したのである。
−写楽は写楽であって、誰でもない−
と力説。別人説を否定し、セセラ笑うのである。
「写楽と役者絵展」(一九八〇年、ナビオ美術館)発行のカタログの論文の一部を紹介しておこう。
「美術研究には、およそ、二つの方向がある。
一つは作者の人間的関係についての探索であり、もう一つは、その人が生んだ作品の客観的な考察である。両者は不可分であり、相関的であり、その総合として、初めて美術家の個性が鮮明になる。
その点から考えると、日本における、そして日本に特有の写楽研究の型は、前者に傾倒したものと言えるだろう。
日本における写楽研究は、執拗なまでに前時代の定式に固執している。相互に反撥し、他を容れる余地のないそれらの諸説を一通り展望し、厳密に検討する必要があり、そうすべき時機が今到来したように見える。
写楽別人説と呼ばれる多数の説を前にしてそれを怪しむ常識は間違ってはいない。なぜ、こんなにも異なった説が相次いであらわれるのか。たとえ何十の説があろうと、正しいのは一つでしかないし、写楽が写楽であることが確かめられるとしたら、一切は無効となる。現象的にはどれもこれも楽しく刺激的な諸説であるが、実証的原則の前では、オール・オア・ナッシングとならざるをえない。
この単純な一事を考えるにつけても、わたくしは、写楽問題にかかわりのある人々に向かって、発想の基盤の根本的見直しを提言しなければならないと思う。
根拠薄弱な斎藤月岑的基盤を再考せよ、そして『浮世絵類考』の原点に立ちかえって、すべてを見直せ、と」
と、結んでいる。
三十にものぼる別人説が取りざたされて今なお写楽に関心を呼ぶのは、ミステリーな素性、出版に関わる不可解、活躍期の短さ、浮世絵のワクを超えた作品の強烈な個性、出来栄えの芸術性などが、後世の人々を惑わせているからだ。今回のシンポジウムは、従来の写楽観に、必ず新たな視点が加わるのではないかと思う。しかしながら、
「写楽は写楽である。今こそ写楽の原点に帰れ!」
と声高く、力説したのである。
<浮世絵展のご紹介>
「広重と北斎の五十三次と浮世絵名品展」
明石市立文化博物館
平成23年1月4日(火)~2月6日(日)
一般800円 大高生500円 中小生200円
■講演会 1月16日(日)14時~
講師:中右瑛
演題:「広重・五十三次のミステリー」
詳細は博物館へ ☎078‐918‐5400
「大江戸の浮世絵展
~北斎・広重・国貞・国芳らの世界~」
ヤマトヤシキ加古川店
平成23年1月2日(日)~1月10日(月祝)
ヤマトヤシキ姫路店
平成23年1月12日(水)~1月17日(月)
一般500円 中学生以下無料

瀬木慎一著『浮世絵師写楽』(1970学芸書林刊)
中右瑛(なかう・えい)
抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。
1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。