神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第13回

剪画・文
とみさわかよの

現代美術家
元永 定正さん

「もけらもけら」「もこ もこもこ」など、子どもたちに大人気の絵本の作者、元永定正さん。昨年秋に米寿を迎えられた元永さんは、絵画だけでなくモニュメントなどの立体作品も手掛ける現代美術家。「僕はジメジメしたんは嫌なんや、明るい世界を追求してます。見た時に明るくなる作品やな。今度また新しい絵本、出すよ。この歳になってもやることがあるのは嬉しいわな」と、にこやかに語ってくださいました。

―伊賀のご出身で、若い頃は漫画も描いておられたとか。

29歳までは伊賀に居たんよ。食べていくために、いろんな仕事したわ。絵描きは食えんさかい、漫画描いてた。市の広報に1年間4コマ漫画をね、伊賀は四方が山なんで、「ヨモヤマくん」いうの。あと図書月報に「ライちゃんぶらり」とか。僕は昔からびっくりさすのが特技やし、オモロイこと考えんのが好きやから、漫画描くのも楽しかったよ。

―伊賀から神戸へ移り住んだのは、どういうご縁で?

魚崎に弟がおったんで、ひとまずそこへ転がり込んで。その頃は三宮のジャン市(戦後、現在の三宮駅前あたりにあった闇市)のバラック酒場には神戸の絵描きが集まっててね。ムードもあるし、絵描きもおるし、神戸はええなあと思った。けど職も金も無いし、新聞の勧誘員をしたり、アイスクリームを売ったりして食いつないでね、そのうち進駐軍の荷扱いの仕事に就いて、やっと美術教室に通えるようになった。女房と出会ったのはそこですねん。

―奥様の中辻悦子さんも美術家ですね。お互い、影響はあるものですか?

わかりまへんけど、何かあるわな、そら。気分的には落ち着くいうか、ひとりで居るより心強い。僕ら絵描きは孤独ですやん、家族も「金にもならへんことやっとらんと、ちゃんと働け」って言うでしょ、普通は。その点、僕はよかった思うわ。女房は天才です、遊びながらやる僕と違って、仕事も速いしね。

―初期の頃は具象絵画を描かれていたとうかがって、驚いたのですが…。

そう、最初10年位は具象画やってたから、芦屋市展へ出品するつもりで裸婦を描いた。自信あったんやけどね、他の作品はみんな抽象画でびっくりした。運命やな、「抽象画の方がオモロイさかい、これやろ」と決めてそれ以降、具象画は描いてません。

―その後、「具体美術協会」という前衛美術グループに参加されますね。具体と言えばリーダーの吉原治良さんの「今までにないものを作れ」という言葉通り、ロープにぶら下がって足で絵を描いたり、木枠に張った紙を突き破ることを「作品」にしたりと、これまでの美術概念にあてはまらないことを展開した団体です。芦屋の野外展で発表した「水の彫刻」は、その吉原さん絶賛だったとか。

あれはね、出品しようにも制作費が無くてね。公園の水ならタダやからと、着色した水をビニールの風呂敷に入れて松の四隅をくくって枝に吊るしたの。そしたら治良さんが「世界で初めての水の彫刻や!」って誉めてくれた。へぇー、そんなもんでっか、これなら僕にもできるわ思てね、「具体」に参加するようになった。作品を識別する治良さんの眼が確かだったから、僕も作品に幅が出たと思うし、国際的な場で発表もできた。だから具体美術学校を卒業したようなもんやね、僕は。

―絵本のお仕事では、最初は親から「こんなの絵本じゃない!」と投書が来たそうですね。ストーリーの無い、単純な言葉と色と形だけの本は、斬新過ぎたのでしょうか。

何でも新しいもんはそうなんよ、「具体」の活動も最初は美術と認められなかったんだから。抽象画の、「今までにない絵本」だったから反発された。でもね、子どもがケラケラ笑って喜んで読むもんだから、だんだん親もつられて読んでくれるようになって。でも僕は別に子供を喜ばそうと思って描いてるわけじゃなくて、面白がってやってるだけ。「面白い」いうんが、子供には伝わるんやな。美術も同じ、作り手が面白くてやったことが、後になってアートと呼ばれる。だから「アートはあとで考えましょう」って言うんよ。

―美術を志す人たちに、ひとことおっしゃるとしたら、なんと?

我流は一流やさかい、我流でしなはれ。絵は習わんならん思てる人が多いけど、習うのは基礎だけでええ、後は自分の世界に生きんと。「そんなん我流や」とか言う人の方が、わかっとらんのや。我流に徹して、自分を追求しなはれ!

―ご自身がなりたい夢は、演歌歌手・俳優・絵描きだったとか。夢かなえた人生と言えますか?

運命はどうなるかわからんねぇ、絵描きの世界に入って、「具体」に参加してからは運も付いてきて、そしたらだんだん絵描きみたいな顔になってきた。演歌と美術のリサイタルもやったし、映画に絵師の役で出演もしたし、なりたい思てたらなれるもんや。夢はかなうもんよ、人生はオモロイね。オモロイと言えるだけよかったな。
〈2010年12月1日取材〉

元永定正「もこ もこもこ」 Illistration©SadamasaMotonaga

元永定正「もこ もこもこ」
Illistration©SadamasaMotonaga

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。


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目次 2011年1月号