神戸山手大学3号館は「神戸市建築文化賞」や「兵庫県みどりの建築賞」を受賞している。神戸山手大学は現在男女共学となっている

連載 神戸山手 坂ものがたり 第五回

90分間のフィールドワーク

田中栄治さん(神戸山手大学・現代社会学部環境文化学科 准教授)

神戸から阪神間にかけては、昔から教育に熱心な土地柄でした。山があり海があり、南斜面で日当たりが良くて明るい環境は、豊かな感性や情緒を育むために最適です。居留地があったという理由でキリスト教系の学校も多く、またご存知のように、灘五郷の酒造業者が創設した学校も多くあります。

神戸山手学園に関しては少し様子が違って、私たちは地域の〝コミュニティ立〟の学校と呼んでいます。大正13年、諏訪山・山麓に開校した神戸山手学園の前身「山手学習院」は、地元の人たちの要望からできた学校だからです。
尋常小学校を卒業した女性の教育機関が少なかった当時、神戸市立山手尋常小学校の校長先生が発起人になり、「女子教育の場を作ろう!」と地元の人たちに呼びかけ、賛同した人たちがお金を出し合い実現しました。こういった学校ができるということが、新しいものを取りいれていこうとする神戸の開放的で自由な気質の表れだと思います。70年以上の年月を経て、今でも使われている中学校・高等学校の校舎は歴史を刻む貴重な建築物です。また、近年では、大学3号館が「神戸市建築文化賞」や「兵庫県みどりの建築賞」を受賞しました。中央中庭に大きなケヤキを配した明るいキャンパスです。
諏訪山町から再度筋町あたりを大正時代中頃に開発して宅地にしたのが、阿部元太郎だということが最近明らかになりました。住吉山手や雲雀丘を高級住宅地として開発した人物です。
神戸山手大学近辺には貴重な建築物が点在しています。すぐ東側にある「椿原邸」はもともと阪神間の財閥の一つだった岡崎財閥の岡崎家が別邸兼若夫婦住宅として建てたと伝えられています。
また、工部大学校(現・東京大学工学部)機械科2期卒業生で川崎造船所に勤めた坂湛が、阿部元太郎から土地を購入して建てたといわれている「旧神戸地方裁判所長宿舎」、登録有形文化財の「李及び山下家住宅」など、「ひょうごの近代住宅100選」に選ばれている和洋折衷の貴重な建築物もあります。その頃のものと思われる石積み擁壁もあちらこちらに残っています。諏訪山には温泉や動物園もあったことから考えると、当時からこの周辺は神戸の中でも非常に良好な住宅地・保養地だったということがうかがえます。

神戸は外国文化や、新しいもの、古いものが混在している街です。しかも、フィルターを通すことなくそのまま存在しています。ある意味、コンパクトな範囲に入り混じっているといってもいいでしょう。神戸山手大学・現代社会学部の授業ではフィールドワークを重視しています。私の専門、建築に関しても、授業の90分間を使って周辺を歩くだけで、十分なフィールドワークができます。

例えば、建築文化史の授業では、市立博物館、十五番館、チャータードビル、神港ビル、商船三井ビル、海岸ビル、神戸郵船ビル、兵庫県公館などが、徒歩圏内に点在しています。
北野周辺だけを歩いても、異人館から、安藤忠雄さんの現代的な建物まで見て回れます。ギリシャやローマの古典建築を模した建物から、アールデコを取り入れる過程を踏んで現代建築へとつながるヨーロッパの建築の歴史が、明治時代から順次、日本へもダイレクトに入ってきたことを、実際に歩いて見ながら学ぶことができます。それだけではなく、異人館のまわりに日本家屋があったり、様々な宗教施設があったりと、混じり合ってできた神戸の文化を目の当たりに体験できることも貴重です。
神戸は坂の街なので、土地に強い「方向性」があります。海の方向・山の方向、東西方向、それらをどのように生かして建築設計するか、建築家の腕の見せどころです。
また、神戸といえばバラエティーに富んだ食文化も外せませんね。まちづくりのフィールドワークでは、いろいろなレストランを回って食文化や生活を学んでいます。建築のフィールドワークも最後はレストランで合流ということもあります。インテリアを学ぶという名目ですが、美味しいものを楽しむほうがかなり優先しているかもしれません(笑)。
諏訪山の麓はもちろんですが、神戸ではいたる所に、新旧、和洋折衷の建築や文化、生活様式がコンパクトに収まっています。いつでも誰でも〝90分間のフィールドワーク〟を楽しむことができる街です。こんな魅力を持つ街は、日本中探してもおそらく他には見つからないでしょうね。

「椿原邸」は、阪神間の財閥の一つだった岡崎財閥の岡崎家が別邸兼若夫婦住宅として建てたといわれている

「椿原邸」は、阪神間の財閥の一つだった岡崎財閥の岡崎家が
別邸兼若夫婦住宅として建てたといわれている

川崎造船所に勤めた坂湛が、阿部元太郎から土地を購入して建てた住宅、その後 「旧神戸地方裁判所長宿舎」として使われていた

川崎造船所に勤めた坂湛が、阿部元太郎から土地を購入して建てた住宅、その後
「旧神戸地方裁判所長宿舎」として使われていた

神戸山手大学周辺には、大正時代中頃のものと思われる石積み擁壁もあちらこちらに残っている

神戸山手大学周辺には、大正時代中頃のものと思われる石積み擁壁もあちらこちらに残っている

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田中 栄治(たなか えいじ)

神戸山手大学環境文化学科 准教授
1967年、大阪市生まれ。1991年、神戸大学大学院 工学研究科 修士課程修了。1991-99年、坂倉建築研究所大阪事務所。2000年、田中栄治建築設計事務所開設。2004年~ 神戸山手大学現代社会学部准教授。2008年、t+a 一級建築士事務所田中+青山開設


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目次 2011年1月号