連載エッセー/コーヒーカップの耳 98

出石アカル
題字 ・ 六車明峰

 

驚きました。千葉からのお客さまです。
 北山冬一郎のことに触れた私のブログを見られて、「お話を…」と夜行バスでやって来られたのだ。
 梅崎英行氏30歳。

 北山冬一郎作詩、團伊玖磨作曲の「ひぐらし」や「紫陽花」をコンサートで歌い、また合唱の指揮を取られている声楽家である。
 聞けば、「北山冬一郎についての論文を書いているが、分からないことが多すぎて」と。
 「しかし千葉からとは大変ですやん」と言うと、
 「いえ、ついでです」とおっしゃる。「友達と会う用事があって」と。どんな用事かと思ったら、「大阪(京セラ)ドーム球場で行われるロッテ対オリックスの野球を一緒に観戦する」のだと。成程、ロッテは千葉だ。しかしこれは違うであろう。やはり目的は北山冬一郎、論文の仕上げに宮翁さんの言葉を少しでも取り入れることであり、野球見物の方がついでであろう。論文を書くということは大変なのですねえ。
 因みに、わたしが宮翁さんと呼ぶのは、宮崎修二朗氏88歳のことであり、氏は昭和33年、「のじぎく文庫」立て上げに尽力された人だ。このことについては項を改めてまた書きます。

 梅崎氏、それまでに調べた資料を、「お土産です」と言って携えてこられた。
 見せてもらって驚いた。実によく調べておられる。ご自分で作られた略年表。残っている数少ない小説のコピー。北山が関わった事件の新聞記事のコピー。「北山は字も上手かった」という、宮翁さんの言葉を裏づける筆跡のコピー、等々。
 これらを惜しげもなくわたしに提供して下さった。まだ論文を発表されてもいないのに。普通は、自分が苦労して調べたことは、発表するまでは秘しておくものではないだろうか。これで誠実な人だということがよく分かる。
 読ませてもらって、やはり宮翁さんの話が正しいことがわかった。実に面白い。
 北山の本名についても意見が一致した。宮翁さんは「フジタケンイチ」と仰ったが漢字は覚えておられなかった。ところが、『祝婚歌』の奥付に「發行者 冨士田健一」とある。わたしは、これが北山の本名に違いないと思っていた。梅崎氏の論文がまだ公表されていないので詳細を書くのは控えるが、氏の調べられたことで間違いはない。 
 話を戻す。
 前号に、太田静子の『小説 太宰治』は北山の裏出版だと書いた。実に粗悪な本だと。やっつけ仕事だと。早い者勝ちで書いたのであろう、と。
 この『小説 太宰治』は昭和23年11月1日発行。
 ところが、それより前、同年10月10日に、これは本物の太田静子が書いた『斜陽日記』が出ている。もしかしたら、北山はこれを読んで贋作を書いたのではないかとも思ったが、さすがに二十日間では無理でしょうか。
 この『斜陽日記』はしっかりした本である。手に取って驚いた。装幀・花森安治となっている。おしゃれな装幀である。『小説 太宰治』とは比べ物にならない。
 花森は言わずと知れた『暮しの手帖』を昭和23年(奇しくも『斜陽日記』と同じ年)に創刊した高名な編集者である。
 話は少しそれるが、花森は旧制松江高等学校から、東京帝国大学文学部美術史学科に入学している。その花森と縁のあるのが、わたしが敬愛してやまない日本の長老詩人、杉山平一氏(96歳)である。杉山氏の「わたしの会った人・花森安治」という文の中にこうある。
 「当時、彼の作った校友会雑誌のデザインの斬新は、いまも語り伝えられるが、その小説、詩、前衛絵画、独特の字体は私を魅了した。私は細い字を書いて、ペン先が太くなると捨てていたが、花森は皆の捨てるペンをあつめて太い太い字を書いた。一年後輩だった私は映画に熱中していた故もあって、彼を追って東大の美学へ入った。」
 また杉山氏は別に次のような話もされている。
 「(略)つまり、北方というのは詩的なんです。北川冬彦とか田中冬二とかね、安西冬衛とかね。北園克衛とか、北山冬一郎なんて詩人もおったので、(略)」
 杉山氏は北山をご存知だったのだ。なにか縁を感じますねえ。

 宮翁さんに「北山冬一郎について、先生の話を元に書かせてもらっています」と話した。すると翁は「北山は多分、四国徳島の撫養の出身だったと思うから、一度、鈴木漠さんに尋ねてごらんなさい。何か知っておられるかもしれません」とアドバイスをしてくださった。で、これまでわたしが知ったことを鈴木氏に話し、教えを請うた。
 氏は徳島出身の優れた詩人であり、徳島県の文化賞も受けておられる。さらに今秋には兵庫県の文化賞も受けられた。「輪」へも何度か来店下さった人だ。
 しかし氏は、「北山冬一郎は全く初耳です」と。ただ、梅崎氏作成の年表に「昭和22年別所直樹と出会う」とあり、それで思い出すことがあります、と。
 「昭和28年ごろの「詩学」に警告記事が出ました。最近、別所直樹の名を騙って飲食や宿泊を強要するニセモノが全国的に出没しているので注意ありたし、というものでした」
 これ、断言できないけれど、ほぼ北山冬一郎の仕業でしょうね。               つづく

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出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。喫茶店《輪》のマスター。


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目次 2010年12月号