連載 浮世絵ミステリー・パロディ㉔ 吾輩ハ写楽デアル

中右 瑛

「写楽は歌麿?」のお芝居

落語家・露の五郎師匠の「オモシロ口上」はまだまだ続く。
*   *
アノ喜多川歌麿でさえ生涯で千点余りでっしゃろ。仕事のペースでいうたら、豊国や北斎なんか、二日に一枚の割では到底できそうにないんですが、写楽はそれができてル。不思議なことデンナァ。
東洲斎写楽を巡って諸説フンプン。とにかく役者絵の天才であることだけはわかっているんですがネ…。
私のお話はこれぐらいでオシマイにして、みなさんお待ちかねの本題に移りたいと思いマス。
さて、今日はそれぞれの写楽の自説をお持ちの方々がこれだけお集まりになるんで、喧々轟々、どうなるのか? 私も楽しみなんでゴザイマス。
年号と一緒で、はたしてここで写楽像がカンセイされるかどうか? カンセイ(寛政)六年にかえってみたいと思いマス。

五郎師匠の口上は、まことに的を射たしゃべくりで、興味津々、場内は笑いが絶えなかった。
*   *
五郎師匠の「オモシロ口上」が始まる直前、場内は一瞬真っ暗闇となった、という演出もよかった。続いて、雷の音激しく、何か今からことが起こりそうなミステリアスな予感を観客に与えた。
雷音も消え去り、場内が静かに明るくなり、そこへ露の五郎師匠が颯爽と登場。
浪速にわかの家元と称する五郎師匠の、凝りに凝った演出は、ちょっとド肝を抜かれ、場内はミステリー感を高め、期待が膨らむ。そして五郎師匠の「オモシロ口上」が続いたのであった。
*   *
五郎師匠がこのシンポジウムにひっぱりだされたきっかけは、写楽別人説をふまえた写楽芝居出演があったからだ。
お芝居『写楽伝説・狂い死にて候』は、ピッコロシアター(兵庫県尼崎市)で上演された。昭和61年7月、演劇集団「風林火山」公演。ちぁき克彰作・演出。笠原明、嵐徳三郎、露の五郎らが出演。お芝居では、五郎師匠は狂言作者・中村重助に扮し、芝居の狂言回し役を演じた。
お話は歌麿イコール写楽という説で、
「右手で描いたのが歌麿。左手で描いたのが写楽」
という、まことに奇想天外。五郎師匠の言うように、落語もどきの実にアホラシイ、いや変わった発想の演目であった。
そんなことがあって、五郎師匠はシンポジウムの「口上」に、引っ張り出されたのであった。
*   *
次に、お待ちかねの写楽のシンポジウムが始まった。
その前に、出演パネラーの紹介をしておかなくてはなるまい。
写楽研究のオーソリティの美術評論家・瀬木慎一氏。NHKテレビで写楽イコール歌舞伎役者の中村此蔵説を唱えた美術家・池田満寿夫氏。写楽ミステリーにはまった映画スターのフランキー堺氏、彼は『写楽道行』なる小説を出版した。鳥居家のお家騒動に巻き込まれ筆を折った少年絵師・鳥居清政説を提唱し『写楽は18歳だった!』を出版した中右瑛氏の4人。
「血の雨が降る」といわれた写楽シンポジウムは、はたしていかなる結末になるのか? 次回をお楽しみに…。
つづく
(この「オモシロ口上」は聞き覚え記録をもとに執筆している。文章の責任はすべて筆者にある。)

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中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。
浮世絵・夢二エッセイスト。
1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。


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目次 2010年12月号