柳原のえべっさんに会いたい

十日戎ではのべ30万人もの参拝者が訪れる「柳原のえべっさん」こと蛭子神社。12月11日・12日には、60年ぶりに社殿が建て替えられ、本殿遷座祭が執り行われる。

 

―蛭子神社の歴史について教えてください。
井上 当社は戦災で全焼しており、文献、資料がほとんど残っていません。記されている最も古い書物「兵庫津寺社改吟味帳」(元禄5年・1692年)に神社の名前を見ることができますので、創建はそれ以前になります。
河北 安土桃山時代(天正5年)、池田信輝が兵庫城を築きました。江戸時代になり、西国街道がこの辺りを通って、丁度、蛭子神社辺りでカーブしていました。西の門である柳原総門がこの辺りにありました。都賀の堤が巡らされていてその内側は「兵庫の津」と呼ばれ、人口が2万人ほどあり、大変栄えていたようです。

 

―七福神の一人、えびすさんですが、どんな神様ですか。
井上 えびすさんは鯛を持っていることでも分かるように、元々は海の神様です。大漁で市場が繁盛、商売の神様、と変遷してきたようです。

 

―本殿を建て替える理由とは?
井上 昭和25年に当社は戦災復興し、今年で60年を迎えました。阪神淡路大震災で倒壊は免れたものの、被害を受けていますので年々、損傷がひどくなってきました。そこで、我々人間でいう還暦に当たるこの機会を佳節として新しく生まれ変わろうと、建て替えにいたりました。

 

―お披露目の予定は?
河北 12月11日の夜に、えびすさまを新しい本殿にお移しし、12日にお披露目いたします。

 

―新築にあたって、ご苦労はありましたか。
井上 えびすさんはおめでたい神様ですから、お参りに来られて「さすが、えべっさん!」と言っていただける社殿にしたい。けれど手狭な境内です。どう有効利用するかという苦労はありました。総代の皆さんのお知恵をお借りし、一緒にあちこち見学にも回り、検討に検討を重ねました。苦労というよりは、楽しみながらやらせていただきました。

 

―お手本があったのですか?
井上 御影の綱敷天満神社さんは震災後、鉄筋コンクリートづくりで復興しています。とてもいい社殿だと常々思っていましてので、総代さん方にも一緒に行っていただき、参考にさせていただきました。

 

―新築工事は宮大工さんの仕事ですね。
井上 消防法の関係で全体は鉄筋コンクリートですが、お屋根と内装は宮大工さんの仕事です。特に、銅板葺きのお屋根が、宮大工さんの腕の見せどころです。
河北 本殿は流れ造り。拝殿は権現造りで唐破風千鳥破風のある立派なお屋根です。

 

―総代として、今の思いをお聞かせください。
河北 蛭子神社は、戦災復興第一号として、現宮司のおじいさんが総代さん方と一緒にご苦労されて再建されました。立派なものでしたが、なにぶんにも物不足の時代。基礎が弱かったようです。「神戸のえべっさんにふさわしいお社でおまつりしたい」と誰もが願っていました。震災で全壊した社務所の再建もあり、延び延びになっていましたが、やっと本殿新築のはこびとなりました。不景気な時代ですが、皆さんにご協力いただき長年の夢が実現し、うれしく思っています。

 

―完成した本殿で来年の十日えびす大祭。何か新しいことは?
井上 旧本殿は手狭でご祈祷ができませんでした。来年からは本殿に入ってご祈祷を受けていただくという念願がかないました。

 

―十日えびすで披露される「戎舞」とは?
河北 こちらはお祭りでも、お神輿もだんじりもない。そこで「何かいいもんはないかな?」と探していたところ、私の知り合いに人形浄瑠璃をやっている人がいまして、「これでいこう!」と始めました。若い人たちが受け継ぎ、一生懸命練習してくれています。毎年、神楽殿で披露しています。来年も1月9日に予定しています。

 

本年、12月に完成予定の蛭子神社社殿

本年、12月に完成予定の蛭子神社社殿

 

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河北文二さん

蛭子神社 責任役員総代

 

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井上 優さん

蛭子神社 宮 司


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目次 2010年12月号