連載エッセー/コーヒーカップの耳 97

出石アカル
題字 ・ 六車明峰

 

宮翁さんの語る、幻の詩人、北山冬一郎の話の続きである。

 ここで翁のことをちょっと。
 「中学を卒業したその日に、帰りの船から卒業証書を海に捨てました」という個性的な人である。
 長崎市に生まれ、平戸中学を卒業して東京に出、文部省図書館講習所(現・国立図書館情報大学)を卒業し、まったく若き日に野田市の図書館立て上げの仕事を任され、独自の工夫で成し遂げておられる。これらの件については何れまた。

 「北山冬一郎を教えてくれた小川という雑誌の編集長が言ってましたが、『彼、羽振りのいい時は、毛皮のコートを着て、若い女を四,五人連れて遊んでた』ということです」
 それが、宮翁さんが雑誌社で見た時には尾羽打ち枯らしていたという。
 「その後、毎日新聞社の掲示板の前で彼を見ました。軍隊のレインコートを身にまとって、寒風を避け、たしか下駄か草履を履いていました。そしてね、動くたびにガサガサ音がするんですよ。何かなと思ったら、コートの下に新聞紙を入れてるんですね。当時の新聞紙は読むだけではなく、弁当箱の包み紙になったり便所の落し紙になったり、時には防寒の用も足したのです。あれ暖かいんですよ。声をかけると、食い詰めてるというんです。多分、前のとこで何か悪いことをしたんでしょう。それなら僕について来いと言って、僕が出入りしていた雑誌社を紹介してやりました。名前は忘れましたが、たしか『○○と実話』といいました。いわゆるカストリ雑誌です。僕は、彼の文章力を知ってましたから、紙とエンピツと、それから弁当を与えて書かせました。いくらでも書けたんですよ。僕はその出版社には単に出入りしていただけで、社外の風来坊だったんですが、そこの社長が僕のアイデアを高く評価してくれてね、若かったけど顧問的な立場にいました。そこで僕が企画して、彼にいくつもの小説を書かせました。有名な小説の題名に“贋作”と冠して特集をしたこともありましたねえ。『贋作・愛染かつら』てなもんです。北山はねえ、字も上手かったし、ぼくは彼の筆力を買って面倒を見ましたねえ。ただなぜか、彼は当時“貧すれば鈍する”人間になり果ててました。ルンペン同様でした。もしかしたら、ヒロポン中毒だったかもしれません」
 意外な話である。
 あの抒情性豊かな『祝婚歌』の詩人がカストリ雑誌の小説を書きまくっていたとは。
 しかも宮翁さん、口をついて出るのが「ペテン師」だの「詐欺師」という言葉である。具体的なことは話されないのだが、そのようなことがあったのだろう。
 「ある時、その雑誌社で、彼が殴られてるんですよ。軍曹上がりの社員に散々殴られてるんです。余程悪いことをしたんでしょう。可哀そうだったんで、『僕に免じて許してやってくれ』と言ったことがありました」
 このような話を聞いて、わたしはなぜか北山冬一郎という人間に妙に興味を持った。
 それでしつこく宮翁さんに彼のことを聞くうちに、またも意外なことを聞いた。
 「彼、太宰が死んだ後に、『小説 太宰治』というのを書いてますねえ。太宰の愛人、太田静子になりすましてね。その後同じ題の本が出ましたが、『小説 太宰治』を書いたのは彼が最初でしょ」
 これぞ贋作である。
 これについては、太田静子の子、太田治子さん(太宰の子)が著書『明るい方へ』の中でこう述べておられる。
「『小説 太宰治』という母の名前を騙った本が出た時も、ただぼんやりしていたという」
 これで分かるが、いわば裏出版である。
 太宰が死んだのは昭和23年6月である。わたしは後に、この『小説 太宰治』を入手した。奥付を見ると、発行は昭和23年11月1日となっている。早い者勝ちで儲けたのだ。
 この『小説 太宰治』であるが、実に粗悪な本である。いくら戦後間なしといえども紙質が悪すぎる。内容もお粗末だ。扉の著者(太田静子)の写真も新聞か雑誌から複写したもの。文章に至っては、宮翁さんは上手かったとおっしゃるが、いかにもやっつけ仕事で読めたものではない。太宰の『斜陽』を読んで多少味付けしただけのものである。
 あとがきにこうある。
 「伊豆、下曾我の山荘から、この書は生れた。庭は百日紅の花盛り。三尺あまりの男蛇がくねくねと走っていた。「あ、あれは太宰さん」ふと太田さんはひとりごちた。
 見はるかす、彼方、伊豆の海は、てうど、立つと胸の邊りに見える。遺児治子ちゃんが、その海の見える縁側で無心に遊んでゐた。
 八年間の想いをこめて、ぽつりぽつりと語る太田さんの瞳には、思ひなしか秘められた愛の光が、キラキラと輝いて見えた。
 本書は太田さんの回想を、些か小説風に書き綴ったもので、氏の閲を受けたものである。」
 歯の浮くようなウソだ。宮翁さんが詐欺師と呼ぶ所以でもある。
 ただ、この本の装丁を古茂田守介という人がしている。調べてみるとなかなかの画家であるらしい。しかしこれとて、許可も得ずに使ったのであろう。 (つづく)

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出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。喫茶店《輪》のマスター。

出石アカルブログ http://akaru.mo-blog.jp/akarublog


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目次 2010年11月号