桂 吉弥の今も青春 【其の八】

落語と漫才

 この秋はラッキーにも子どもたち二人の運動会を見ることが出来た。自分の子どもの動いている姿を見るともちろんジーンとくるのだが、まったく知らない子たちの競技やダンスにも感動するのは何故なんだろう。真剣に一生懸命ひたむきに走る。リレーのバトンが来るのをひたすら待っている。玉入れの結果をじーっと見つめて勝つと本当に心の底から喜んで「やったー」と飛び上がる。思わず涙が出てきた。純真さとひたむきさにやられてしまうのであろう。気持ちいい素敵な時間だったと今年も思った。
 さて、タイトルの「落語と漫才」。もちろん私は落語家である、入門して桂吉弥という芸名をいただいて十六年になった。この度、ほぼ同期で同じ歳の桂紅雀さんと漫才の最大のコンクールと言ってもいい『M1グランプリ』に挑戦することにしたのである。紅雀さんは桂枝雀師匠の最後のお弟子さん、米朝師匠から見れば孫弟子。つまり孫弟子同士の三十九歳漫才コンビを結成したのだ。あのコンクールはコンビ結成十年以下が条件なので、落語家としてのキャリアは関係なくエントリー出来るのだ。この原稿を書いている現在、一回戦は突破した。ただしアマチュアの方も参加できるので、喜んではいられない。ちゃんと声は出ているか、舞台の上に上がると過度の緊張はしないか・・・・おそらくそういうことを基準にして選んではるように思った。ほんとのまだ第一段階だろう。これからあと四つ勝ち残って行かなければ、皆さんがテレビで目にするあの年末の『M1』という番組には出られないのだ。
 一番最初はやはり賞金1000万円への興味からだ。漫才をやっただけでそないにもらえるんやという正直な気持ち。それから漫才が好きだということ、殊に米朝一門は昔から漫才好きが多い。米朝師匠のお宅での新年のご挨拶や事始めといった集まりの余興には必ず漫才大会が付きもんだった。紅雀さんも私も先輩たちの「ダイマル・ラケット」「ハワイ・伸」「ラッパ・日佐丸」という懐かしい漫才の物真似を見て育ったのである。それも芸人の集まりでの余興、師匠方は真剣だった。真剣に遊んでいた。そのうち私も一門の中から相方を選んで漫才をするようになった。「いとし・こいし」のネタを研究したりした。
 そんなわけで私たちは出場しようということになったのである。一回戦の持ち時間は二分、そうたったの二分、これにまず困った。落語家のネタはたいてい十五分はある。その前にマクラという自分のことをお客さんに分かってもらえる時間もあるし。それだけの時間を使って皆さんの頭の中に落語の世界を描いてもらえるのだ。二分はあっという間といえばあっという間、しかしせっかく漫才をするのであればしっかりとやりたい。加えて、落語家二人が冷やかしに出場してきたなんて思われたくない。
 まずは私がネタを書いて持っていった。二人で読み合わせてみる、批評しあう、構成し直す。次に紅雀さんがネタを考えてくる、やってみる、作り変えて練習する、落語会の休憩時間にお客さんに聞いてもらう、その後に反省会。自分たちの落語会がけっこうあるというのも有難かった、すぐに反応が分かるので。「このネタのここの部分の構造は・・・」「そこはダイマル・ラケットっぽく」と漫才を作っていく内に、最初のきっかけなんて忘れてきてしまった。『いかに自分たちの漫才で楽しんでもらえるか』この一点だけを考えていた。
 「漫才にのめり込んでいるのは分かったけど、落語はどうなってるの」というお方もあるだろうが、これまでの作業は落語に非常に役に立っている。いつもは古典落語をやってる私にとっては勉強になることばかりで驚いている。ですからご心配なく。
 何より純粋にひたむきにお笑いに向かう姿勢を思い出させてもらった。これが一番。私たちの漫才を聴いて、素敵なひとときやったなと思ってもらいたい、子どもたちの運動会のように。どこまで勝ち進んでるか、落っこちてるか分からないけれど、コンビ名『べにや』といいます、どうぞよろしく。

20101106801

桂 吉弥 かつら きちや (KATSURA KICHIYA)

桂 吉弥 かつら きちや
昭和46年2月25日生まれ
平成6年11月桂吉朝に入門
平成19年NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」
徒然亭草原役で出演
現在のレギュラー番組
NHKテレビ「生活笑百科」土(隔週)
12:15〜12:38
MBSテレビ「ちちんぷいぷい」水曜
14:55〜17:44
ABCラジオ「とびだせ!夕刊探検隊」月曜
19:00〜19:30
ABCラジオ「征平.吉弥の土曜も全開!」土曜
10:00〜12:15
昨年、平成21年度兵庫県芸術奨励賞


ページのトップへ

目次 2010年11月号