
健康は“住まい”と“食”から。
自然素材を使った木造注文住宅「木心の家」を提案し、農園活動などを通して地域へも貢献する平尾工務店の平尾博之さんと、「幼児からのキッチン教室」など自然食材を使った食育活動で知られる坂本廣子さん。“住まい”と“食”、それぞれの立場から、自然素材の大切さ、子どもたちを取り巻く環境について語っていただきました。(平尾工務店“木心”ギャラリー」で収録)
自然のものが心と体を育む。
坂本 木の空間に居るとやはり落ち着きますね。日本人のDNAなんでしょうか(笑)。
平尾 当社のモデルハウスでも、「他では臭いがきつくてゆっくりできなかったのにここでは子どもたちも落ち着いている」とおっしゃるお客さまも多いんです。人にとって鼻や口から入るものは心と体にすごく影響があって、特に化学物質に関してはさまざまな問題が指摘されています。でも実際、日本人が住まいとして化学物質を使い出したのはほんの数十年前のこと。それまでは木や石や紙、自然のものだけで家をつくっていたんです。そういうものをもう一度きちんと使うことこそが実は、現代人の健康や心にすごく重要だという思いから、「自然素材の家」をスタートさせたんです。
住まいは一日のうち少なくとも8~12時間、人生の半分近くを過ごす空間。空気環境を含め、子どもが育つ環境づくりにも住宅が果たす役割は大きいと感じますね。
坂本 私たちの教室では、2歳位の小さなお子さんから自らの手で「一汁二菜」の日本の食事を作るんですが、これは「料理教室」ということではなく、あくまで「体験のための教室」として行っています。
人が人として育つためには脳にどれだけ記憶のベースを持っているかが重要なんですが、大切なことは脳の基礎が育つ時期に、どれだけいい環境を整えてあげられるか、どれだけ“体験”させて脳に記憶を残せるかなんです。
人間の脳の完成は、ハードウェアとしては、生まれたての子どもで30%、6歳位までの間に90%まで出来る。その後10歳位でソフトの部分、ネットワークが作られていくのですが、幼少期にハードウェアがきちんと育っていないと次の成長の段階も危うくなってしまいます。
脳への記憶というのは、“五感で体験”し、それを正しい言葉できちんと置き換えてあげないとインプットされない。今の子どもたちは大切にされすぎてこの“体験”の部分がスコンと抜け落ちてしまっている気がします。涼しい部屋でビデオを見せながらではなく、暑くて汗をだらだら流している時に、「アツイネ」と言われてはじめて、子どもは理解ができるのです。
平尾 そういう意味で、キッチンは「熱い」や「痛い」という体験がいっぱいできる場所ですよね。私どものお客さまで大学の心理学の先生がいらっしゃるのですが、唯一の希望は「お父さんが子ども達と一緒に調理できるスペースを家の中心に持ってくる」というものでした。子育てをする上で、キッチンは子どもが五感で体験したり、家族のコミニュケーションを深めることができる重要な場所ですね。
坂本 “本物を体験させること”も大切ですね。教室ではインスタント食品は一切使わず、天然の利尻昆布の一等品を使っておすましを作ります。たとえ2歳の子どもでも「おいしい」がわかれば、必然的に「まずい」も分かり、理屈抜きに本物が分かる子どもに育っていくんです。
危険や失敗を恐れず子供に”体験“をさせよう。
坂本 20年前から私が監修して子ども用の包丁が作られています。これがロングセラーになっています。子どもは手の骨の構造が大人とは違うので、それを考慮して子どもの手に合う形にはなっています。そして、その切れ味は髭がそれるくらい(笑)。実際そのほうが子どもはケガしないし、万が一ケガしたとしても傷もくっつきやすい。子どもだからって切れない包丁を使わせるほうが危険なんです。危ないからと避けるのでなく、体で身につけることが大切なんですね。
ところが、それこそ幼稚園児でもアジの三枚おろしができる能力のある子どもたちが、さあ作業を始めましょうと言うと、遠くのママに「していい?」と目で尋ねるんです。親の許可が出ないとスイッチが入らない、自分の行動に自信がもてない子が増えているように思います。自分が好きという「自尊感情」の欠如というんですか…。
平尾 自己判断の機会が少なくなっているんですよね。少子化が原因かなとも思うんです。「子どもに失敗をさせたくない」と親が思い過ぎるとも言えますね。
僕らの子どもの頃は、階段には手すりもなくて「気をつけて降りるもの」、まな板のそばに包丁が置いてあって、「触っては危ないもの」とか、家のあちこちに体験できる場所がいっぱいあったように思います。痛い目にあって覚えていくというか…。最近の住宅は、台所もリビングもやさしく作ってあって、すべて危なくないのが主流になっていますよね。
坂本 ただ「気をつけて」と言うのでは子どもには伝わらないので、包丁なら、休ませる時は刃を体の上手に向こう側にして置くなど、子どもたちが理解するように教えてあげること。便利さと一緒に、付き合う知恵を教えると子どもたちはそれを乗り越えて力にすることができる。達成感を持てる体験をさせてやればそれが自信にもつながるんですよね。
平尾 社会に出て経営に携わって思うことですが、成功への道を探すのは容易ではないんですよね。子どもの頃友達とケンカして、親に慰められた。また、友達に言ってはいけないことや自分の言葉で相手に思いを伝える大切さを知った、そんな日々の体験が心の成長となり、苦難を乗り越える糧になっているように思います。
農園体験を通した社会活動
平尾 私どもは加東市が本社なんですが、敷地内で社員たちが草を引いたり、耕したりしながら小さな農園を作っているんですよ。そこで、収穫祭を行うんですが、30~40代のお父さんお母さんがお子さんを連れて参加されます。ご両親のほうが「土の付いたジャガイモなんて初めて~」と興奮される。全員で農作業した後、飯ごうでご飯をたいてバーベキューをするのですが、共有体験があると関係が和やかになり、知らない同士の大人も子どももみんな自然に話をして、笑顔が溢れます。そんな姿を見ていると「やってよかったな」としみじみ思います。
坂本 今の子どもは共感力がないとか言われますが、共感の場やチャンスがあまりにも少ないだけかもしれません。学校教育においても、文部省の規制があって学校菜園で育てたトマトを生でぱくっと食べるという体験はできない。
一方、家庭は家庭で大きな落差がある。朝食欠食も多く、お料理をしない家庭で育った子どもには最低限「普通のおうちではこんなご飯を食べています」というロールモデルを示すところから始めないと、そこからあがっていけないんですよね。それが虐待などの問題の背景のひとつかも知れませんね。
平尾 昔は一家で食卓を囲んで、まずおじいさんが食べないと食べ始めてはいけないとか、各家庭のルールがありましたね。食事を作ることもそうですが、食卓はその家の文化を伝えたり、家族の絆づくりの場であるべきと思うんです。
最近はアイランド型のキッチンが主流になってきて食卓が流しにつながって子どもたちがそこで宿題をしたり、自然なつながりができる家が増えています。
坂本 子どもたちもお手伝いしやすいですしね。子どもが作業するのに最適なキッチンの高さの計算式があるんですよ。身長÷2+5㎝です。子ども一人ひとりに台の高さから引き算してぴったり合う踏み台を用意してあげます。
平尾 これからはきっとキッチンの高さが変わる時代がやってきますよ。先ほどのご家族ではないですが、ご主人のためにはもう5㎝高く90㎝が標準になります。
いずれにしても家族におけるキッチンの役割は大きくなっていくはずです。坂本先生の大切にされている“食育”も、家づくりの中で家族の絆の場を作るという我々の仕事も、これからの子どもや家族の将来、ひいては日本の未来を支えていく大切な役割を担っている、僕はそれくらいの気構えでいます(笑)。住まいというのは50年、100年と残るもの、今日明日のことでなく、農園活動も含め、我々は自分達の仕事を通じて、未来に対して何ができるかを長いスパンで考えていきたいですね。
坂本 確かに、自分自身のことを振り返っても、子育てまっ最中の時は必死で余裕がないんですよね。だからこれからは子育てを社会全体で考えてまわりの人や経験者が手を差し伸べる環境をつくってあげないといけないですね。
健康的に住まいや食を考える基本は「人間サイズ」でものを考えることだと思います。

子供達の身長に合った踏み台を用意することで、
料理の現場を体験できる
坂本廣子さん
食育・料理研究家、神戸生まれの神戸育ち。同志社大学英文科卒業。サカモトキッチンスタジオをベースに「台所は社会の縮図」として、生活者の立場からの料理つくりをめざす。子ども博物館におけるハンズオン活動、「台所育児」、料理絵本など、著書多数
平尾博之さん
株式会社 平尾工務店代表取締役社長。加東市生まれの加東市・神戸育ち。神戸大学建築学科卒業。創業90余年の歴史を持つ工務店の社長として、住宅や一般建築、土木工事を手がける。平成5年より現職。自然素材の家づくりには定評があり、平成21年には学生時代を過ごした神戸に支店“木心の家 自然派ライフギャラリー”を開設