神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 神戸の芸術・文化人編 第46回

剪画・文
とみさわかよの

声楽家
水澤 節子さん

歌い手はひとりだけの「一人オペラ」。水澤節子さんの歌声で、物語が展開していきます。歌唱だけで舞台を異空間にしてしまう底力は、人生経験を積んだベテランならではのもの。「神戸が好き、歌が好き」とおっしゃる水澤さんは、長田で息長い音楽活動を続けてこられ、その成果は震災ミュージカル「魔法の靴」に結実しました。地域に根差した活動と後進の指導、そしてご自身のソロ活動に打ち込む水澤さんに、お話をうかがいました

―歌の道に進まれたのは何故ですか?
子どもの頃から歌が大好きで、週に1回NHK神戸放送児童合唱団に通って、子どもオペラ団にも所属して、部活はコーラス部で、とにかくずっと歌っていました。母は私が「したい」ということを何でもさせてくれる人だったので、私はバレエもお習字もやらせてもらって、お琴やお花の免状も持っているんですよ。小学校4年生の時、面談で学校の先生が母に「この子はいい声をしている」とおっしゃって、音楽好きの母は喜んでいました。

―その後音大に進学して、本格的に学ばれたのですね。
高校に入学してすぐ、音大受験に必要なピアノや歌や楽典を、それぞれ専門の先生に教わるようになりました。東京芸術大学を受けたらとも言われたのですが、父が許してくれなかったので大阪学芸大学(現大阪教育大学)特設音楽課程を受験して合格。時代は学生運動真っ盛り、そんな中でもレッスンは厳しくて。でも学生は仲良しでしたよ。父は卒業後の留学も許してくれず、その点だけは残念でしたけれどもね。

―卒業後にオペラでデビュー、後に一人オペラに取り組まれます。
関西二期会公演「フィガロの結婚」のケルビーノでオペラデビューし、しばらくは「ズボン役(若い男性の役)」ばかりしていました。その後ソプラノとしていろいろな役をいただくようになったのですが、結婚してからは夜に家を空けて大阪に通うわけにいかず、大人数で舞台を創るオペラに加わるのが難しくなりました。そんな折に一人オペラ「信太妻」に出会い、オーデションを受けて合格。これなら舞台を続けられる!と、モノオペラ「女はすてき」、歌楽「鶴」などを公演し、今日に至ります。

―ずっと日本語の演目に取り組まれているのは?
私の中では、日本の歌の存在が大きいんですよ。声楽曲には歌詞があるので情感を込めやすく、また聴いている人も言葉がわかれば伝わりやすい。聴きとれるように歌わないといけないという大変さもありますけれど、それが楽器には無い歌の魅力です。もちろんドイツやイタリアの曲もいいけど、その国の風土を知っていないと表現しきれない部分がある気がしますね。やはり日本人の私は日本語で伝えられる曲を歌いたいと思い、新作や昔からの日本の歌曲にライフワークとして取り組んでいます。

―演奏会は日本の作品が中心ですか?
演奏会は自分の歌いたい曲ばかりではダメですし、研究発表会ではお客様にはつまらないものになってしまいます。だから日本の歌曲だけでなく、明るくて華やかなイタリアの歌曲などを入れながら、楽しんでいただけるようなプログラム構成を心掛けています。お客様が今の時代に何を望んでいるか、私の何を聴きに来てくれているのか…そう思うと力が入りますね。
―順調に自分の道を歩んでこられたようですが、挫折したり思い悩んだりした時代も?
もちろん苦しい時期、しんどい時期はありました。このまま音楽を続けるかと悩んだり、自分の才能に嫌気がさしたり…。でもやめろと言われてもやめなかったでしょうね。今、本当に音楽をしていてよかったと思います。好きだから今日までやって来れたし、これからも歌える限り歌っていたい。音楽から離れるなんて、考えられないですから。

―そのお言葉通り、ずっと歌い続けてこられました。
同級生に「まだ歌ってるの?」と驚かれ、もうそんな年齢になっているんだなあ、と思います。若い頃よりコンディションを整えるのが大変ですし、当日ちゃんと声が出るかも心配です。でもありがたいことに、音楽は決して終わりがありません。年齢とともに若い時には見えなかったことが見えてきて、まだまだ追求することや学ぶことがあると気付き、また楽しくなってくるんです。今なお現役の先輩方の姿は、とても励みになりますね。

―見えてくるのは、人生経験を積んだからこそわかる作品の深さやなのでしょうか。
最近のリサイタルの後、「思い悩んでいたことがふっ切れて気持ちが楽になった」とお手紙をくださったお客様がありましたが、若い頃の自分の歌ではそういうふうには満足してもらえなかったと思います。年をとると技術的には若い頃できていたことができなくなるけど、そこをいかに内面的なものや人生経験で補って伝えていくか―そうやって私なりに表現したことを、お客様がそれぞれに受けとめてくださればそれでいい。そう思って、これからも歌っていきたいですね。
(2013年9月6日取材)

1995.10 産業振興センターでのリサイタル

1995.10 産業振興センターでのリサイタル

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。


ページのトップへ

目次 2013年11月号