みんなの医療社会学 第三十六回

兵庫県における国家戦略 特区構想の問題点

─国家戦略特区とは何ですか。
北垣 安倍首相が掲げる「アベノミクス」の基本方針、いわゆる「三本の矢」のひとつである成長戦略において、医療産業の活性化を謳っていることはご存じかと思います。国家戦略特区構想は、その成長戦略の目玉として、6月に閣議決定された「日本再興戦略 JAPAN IS BACK」で掲げられました。小泉政権での構造改革特区(神戸医療産業特区など)や菅政権での総合特区(関西イノベーション国際戦略特区など)が地方自治体からの提案に国が対応するボトムアップ型で、ある地域に限定された特例であったのに対し、国家戦略特区は規制緩和を強力に推進するため、強い権限を有する特区諮問会議がプロジェクトを決定する政府主導のトップダウン型です。また、特区の理念も国民不在、企業優先の概念になっています。
─医療に関して、国家戦略特区でおこなわれようとしていることと、その問題点について教えてください。
北垣 まず、株式会社の医療への参入が挙げられます。これは利益追求で医療費の高騰を招き、不採算の診療科が地域から撤退するのではと危惧されています。次に、外国人の医師や看護師の業務解禁が掲げられていますが、これは教育水準の違いからわが国の医療水準が低下するおそれがあります。さらに病床規制の特例により病床の新設や増床の容認がおこなわれようとしていますが、そもそも基準病床数は医療圏ごとの地域で都道府県が人口や平均在院日数をもとに算出しているもので、基準を上回る病床過剰地域になると医療費が増大してしまいます。ほかにも混合診療解禁へと結びつく保険外併用療法の拡充、医療現場から教員として医師を離脱させる医学部新設などが挙げられており、日本医師会はTPPの既成事実化ではないかと、国家戦略特区をめぐる問題点を横倉会長自ら指摘しています。
─兵庫県・神戸市は国家戦略特区誘致に前向きですが、どのような提案がされていますか。
北垣 兵庫県と神戸市は共同で「ひょうご神戸グローバルライフイノベーション特区~iPSで世界を変える~」と題し、内閣官房へ国家戦略特区提案を提出しました。そこでは神戸~播磨地区の最先端の科学技術基盤と先端医療基盤を活用し、①iPS細胞の国際展開、②医療機器・医療技術(内視鏡・生体肝移植)の国際展開、③重粒子線陽子線治療機器の海外展開、④革新的医薬品の開発および生産技術の確立、⑤医療版共通番号を活用した日本版メディコンバレー(予防関連産業集積)が提案されています。以前から生体肝移植にともなう医療ツーリズムの倫理面の問題やPMDA(医薬品医療機器総合機構)による審査過程緩和での安全性の危惧などが指摘されていましたが、iPS細胞研究ではさらなる法整備や生命倫理問題など課題は非常に多いです。中でも一番問題なのは、⑤の日本版メディコンバレーです。
─なぜ日本版メディコンバレーは問題なのでしょうか。
北垣 このプロジェクトは神戸市民に対して医療共通番号(マイナンバー)を活用し、先制医療(病気が発症する前に予測して、防止・遅延させる医療)の実現と関連ヘルスケア事業の創出を謳っています。そのために神戸市民には神戸市独自の医療共通番号を発行し、条例により市民には検体の提供、医療機関には医療情報の提供を義務づける一方、情報提供医療機関には税制優遇を与えることにより神戸市バイオバンクを構築することを計画しています。そして匿名情報を紐付きオープン化した上で先端医療機関や国内外の製薬企業などに提供し予防法や予防薬開発を進めるのと同時に、神戸市独自の市営予防保険を創設、公費に頼らない予防マーケットを創出し、将来的には医療費適正化の「神戸モデル」として全国展開することを狙っています。マイナンバーを利用して健康情報や医療情報にアクセスするためには、社会保障と納税を個人番号で管理するいわゆる「マイナンバー法」とは別枠の法制度が必要です。また、バイオバンク構築のためのデータの集積には、包括同意でなく神戸市民全員からの真の同意が必要です。さらに神戸市独自の市営の予防保険を創設するとしていますが、その内実は医療費負担を市民負担に差し替えただけのもので、公的保健医療と予防保険による先制医療を同時におこなうことは混合診療解禁に連動するもので容認することはできません。なお、このプロジェクトを立案し実施主体となるのは世界最大のコンサルティングファームですが、実は国家戦略特区ワーキンググループのとある委員の出身母体であるだけでなく、特許庁のシステム開発では約30億円を受け取りながら頓挫した「前科」があります。兵庫県医師会は特区に対し引き続き医療の営利産業化阻止と国民皆保険の堅守、生命倫理の遵守を求めつつ、今後の動向を注意深く見守っていきます。

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北垣 幸央 先生

兵庫県医師会医政研究委員会委員長
兵庫県医師会特区問題特別委員会委員
北垣クリニック院長


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目次 2013年12月号