みんなの医療社会学 第三十八回

医療と基本的人権を考える
~日本国憲法をもとに~

─私たちが健康であることは、日本国憲法で保障された権利なのでしょうか。
妹尾 当たり前のことですが、日々の医療はそれぞれの人へ個別におこなわれていますので、良い医療を提供するためにも個人の尊重は不可欠です。憲法第13条(表1)にも個人の尊重は謳われ、幸福を追求する権利は憲法により保障されています。この幸福追求権は「新しい人権」ともいわれ、具体的な権利としてこの条項を根拠に裁判で訴えることが可能な裁判規範性を有しています。例えばプライバシー権や肖像権、自己決定権などは、この幸福追求権を基として認められています。健康を維持するための権利、いわゆる健康権もまた、憲法第13条を根拠とする幸福追求権に基づく権利として位置づけられていると言ってよいでしょう。また、第25条(表1)で認められている生存権についても、生存権ではなく健康権というべきという法律学者の方もいらっしゃいます。
─国民皆保険制度は、憲法の理念とどう結びついていますか。
妹尾 世界に冠たる我が国の国民皆保険制度の誕生は、日本国憲法が導いたとも言えます。国民皆保険制度の核心は、第14条(表1)に定められた平等の精神をもとにしていると考えられます。わたしたちが守らなければいけないのは形式的な平等ではなく、実質的な平等です。つまり、経済的負担が苦しい人もそれを理由に適切な医療を受けられないということのないような社会にしなければならないということです。そのためには国が積極的に制度を整え、弱者を拾い上げていかなければいけません。医療保険制度において、憲法第14条の平等権は、第13条や第25条で定められた基本的人権とリンクして非常に重いものがあります。国はそのあたりを加味して、実質的な平等を旨とする国民皆保険制度本来の意味を再確認すべきではないでしょうか。
─大日本帝国憲法(旧憲法)と比較して、日本国憲法の人権は何が違いますか。
妹尾 旧憲法の人権は、法律の留保のもとに認められたものでしたので、法律により制限や規制が可能でした。一方、日本国憲法では憲法が最高法規と定められているため、憲法に反する法律は効力を持ちえないのです。よって、旧憲法時代のように政府の意のままに法律で人権を制限・規制すことができません。国民皆保険制度においては今後、少子高齢化が進んで現役世代が減少し、財政面で厳しい状況になるでしょう。ですから、国の本音としては公的医療保険の守備範囲を狭め混合診療や自由診療を導入・拡大させたり、営利的な市場原理を促させたりといった政策を実現させたいのかもしれません。しかし、国民皆保険制度は憲法に保障された基本的人権の後ろ盾があり、その核心部を法律で制限することは困難です。また、日本国憲法で保障された基本的人権は、自然権を実定化した権利なのです。自然権とは政府ができる以前の状態から人間が持って生まれた権利のことで、現代における人権の普遍性・固有性・不可侵性の根拠となっているのです。しかし残念な事に、この自然権を否定して、人権は国家が与えるものだと言い切る政治家も存在します。これは、旧憲法時代の考え方です。
─第一次世界大戦後のドイツのワイマール憲法は、基本的人権が保障され当時最も民主的な憲法でしたが、結果的にナチズムを招いてしまいました。日本国憲法にその危険はありませんか。
妹尾 日本国憲法は、政府であろうが国民であろうが必ず選択の過ちを犯すものだという前提で考えられていて、過ちを犯すことができないようなしくみになっています。ここがこの憲法の素晴らしいところですが、国民もこのことをもっと認識すべきではないでしょうか。日本もかつて国のために命を捧げるのが「当然」とされた、束縛された時代がありましたが、これは精神的に不健康な状態と言えるでしょう。健康とは身体や精神の自由の根本です。医師には、生命の重さや健康である権利を主張し、人間が持って生まれた基本的人権を守る役割があると思います。今の医療が抱えるさまざまな問題についても、日本国憲法が保障する基本的人権の視点から考えることが大切ではないでしょうか。

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妹尾 栄治 先生

兵庫県医師会常任理事
せのお医院院長


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目次 2014年2月号