神戸市医師会会長インタビュー 神戸における国家戦略特区構想の問題点

~神戸市民の医療・遺伝情報の危機~

神戸市医師会会長
本庄 昭 先生

アベノミクスと国家戦略特区
 ご存じの通り安倍政権は「アベノミクス」を政治・経済の基軸にしています。その基本方針として①大胆な金融緩和、②機動的な財政出動、③民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」を打ち出し、マクロ経済に関して経済財政諮問会議を、ミクロ経済に関して日本経済再生本部を政権内においています。特に経済・社会情勢の変化に対し、日本経済再生本部の下に産業競争力会議、規制改革会議、総合科学技術会議を設置しています。
 そんな中、昨年6月に「日本再興戦略‐Japan is Back‐」が打ち出され、その中ではっきりと国家戦略特区構想が打ち出されています。
 国家戦略特区はもともと、竹中平蔵氏が平成25年4月に「アベノミクス特区」として提案した構想がベースになっていますが、これまでの特区とは異なって大胆な規制改革を実行するための強力な体制の構築を目指し、総理大臣が議長を務める国家戦略特別区域諮問会議が設置され、候補地区ごとに設置された国家戦略特区統合推進本部からの提案を受けて特区認定をおこなうシステムになっています。このような「安倍総理直轄」の仕組みでは、医療理念を無視した過剰な規制緩和案を抑止するような意見が出てくる機会が少なくなるでしょう。
 また、従来の特区とは異なり、地域だけでなく分野や体制を対象とする「バーチャル特区」という概念も導入されようとしています。これはいわゆる「飛び石特区」として危惧していたもので、例えば「iPS特区」を指定するとなると、神戸市という地域だけでなく、大阪や東京などほかの地域でもiPSを研究している機関ならば財政優遇や規制緩和の対象になるというもので、国全体の規制緩和に結びつくおそれがあります。

神戸市と特区政策の経緯
 神戸市はまず、阪神・淡路大震災後からの復興に向け平成7年に神戸エンタープライズ構想でポートアイランド内での規制緩和を求めましたが実現しませんでした。すると平成10年に神戸医療産業都市構想を提唱、それを踏まえ平成15年に小泉政権の構造改革特区として先端医療産業特区に認定されました。その後平成20年からスーパー特区の先端医療開発特区、さらに平成23年からは総合特区の関西イノベーション国際戦略総合特区に認定されました。
 しかし、いずれも決定的な規制緩和に至っていないと考えた神戸市は、さらに国家戦略特区認定に向けて動き出しています。国家戦略特区の募集要項には「提案対象となるプロジェクトの実施にあたる民間事業者又は地方公共団体からの提案であること」とあり、民間事業者と地方公共団体との共同提案も可能ですが、兵庫県・神戸市が提出した国家戦略特区提案「ひょうご神戸グローバル・ライフイノベーション特区」には民間企業のA社が大きく絡み、問題のある内容が含まれているのです。

神戸市民の人権の危機
 「ひょうご神戸グローバル・ライフイノベーション特区」構想は、大きく4つの提案で構成されています。
 まずは難病を克服する再生医療の実現ですが、これ自体は良いテーマです。しかし、神戸クラスター内の高度専門病院群を1つの医療機関として扱う特例措置は問題です。この高度専門病院群は、臨床研究中核病院として扱われ、国が認めていない段階の薬でも特別に治験できるシステムになっており、治験ネットワークも構築できます。そもそも先端医療センターが臨床研究中核病院を目指し落選、さらに先端医療センターと神戸大学が組んで申請しても受け付けられなかったので、クラスターをひとつの病院と見なすようにしたものです。高度専門病院群には中央市民病院も含まれています。となれば、市民のための病床を治験病床として提供しなければならないのです。市民病院は市民医療の砦です。しかも新病院に移転の際に減床して稼働率がほぼ100%という状況です。この問題については、神戸市医師会は市長に抗議しています。
 2つめに医療技術、医療機器の開発が提案されています。特に問題はありませんが、チャイルド・ケモ・ハウスについて医療施設併設の滞在施設を医療機関として扱う特例措置を講じ、家族の滞在費用の保険適用を目指す動きは問題です。
 3つめの患者一人ひとりに対応した革新的医薬品の開発については特に問題はありません。
 そして4つめ、健康長寿を目指す先制医療を市民とともに実現という提案ですが、これは共通番号、いわゆるマイナンバーを活用し、先制医療(プロアクティブ医療)の実現と関連ヘルスケア市場を創出するというもので、全体的に非常に大きな問題があります。
 まず、個人情報の問題があります。マイナンバーを用いてそこに市民のライフコース、例えば母子手帳や健診手帳などの健診・医療データを収集・蓄積して、さらにそこにさまざまなゲノム情報やバイオマーカーの情報とリンクさせる計画になっています。しかもその情報や検体の提出を義務付けようとしています。
 先制医療は将来の医療における重要な活路ですので、反対はしません。しかし、情報漏洩の危険があります。漏洩した場合、遺伝子を理由にした差別や排除がおこる可能性もあります。実用化する前にはこのような個人情報を守る被験者保護法の制定が不可欠です。被験者保護の体制が実現していない状況で、遺伝情報のようなセンシティブな個人情報を税と社会保障に関するマイナンバーとリンクさせるのは非常に危険なことです。
 また、先制医療を対象とした保険事業実施にあたっての特例にも問題があります。これは、特定健診の際のデータを研究に活用するという構想で、これも義務付けを目指しています。
 この提案は日本版メディコンバレー構想としてA社が企画立案、実施主体になっています。

A社の仕掛ける巧妙な罠
 A社は神戸市民に対する検体の提出や医療情報の提供の義務付けなどを、条例を制定しておこなうとしています。
 具体的にみていくと、プロジェクトの実現化に向けた規制改革として、医療版共通番号の設置、検体収集の市民への義務付け、医療情報の標準化・自治体への提出の義務付け、匿名化された医療情報の研究活用促進、オプトアウト方式での匿名化医療情報活用への同意取得を条例で制定し、以上の条例を関連する国の法規に優先する特例を求め、さらに、神戸市独自の保険制度構築まで謳っています。オプトアウト方式とは拒否申請がない限り同意を得たものとするという強引なやり方です。
 このような無謀ともいえる提案をおこなっているA社は、裏で国家戦略特区とどのように結びついているのでしょうか。実は産業競争力会議の議員には、国家戦略特区構想を打ち出した竹中平蔵氏とともに、Sという人物が名を連ねています。この人物は官邸の国家戦略特区ワーキンググループのメンバーでもあり、国家戦略特区推進の主要メンバーと見なすことができます。ところが、この人物、実はかつてA社の前身の会社に所属していた経歴があります。また、この提案を矢田前市長におこなったN滋賀医科大学理事もまたA社と関わりが深く、Sという人物とも繋がっていることがわかっています。
 この情報をもとに市会議員と議論した際に、A社の入る余地はなく条例の制定はないと口頭でお約束いただきましたが、文書化はされていません。
 また、遺伝情報をマイナンバー制度の共通番号に紐付けすることに関し、総務省時代にマイナンバー制度創設に関わった久元市長は「マイナンバー制度の本来の目的とは違うので、そんなことは絶対に認められないし、納得できない」と市長選前に答えられましたが、これも書面による確約はありません。
 このような状況ですので、神戸市医師会は兵庫県医師会と連名で、当時の矢田市長に意見具申をおこないました。また、国家戦略特区でのさまざまな行きすぎた規制緩和に対しては、日本医師会や厚生労働省も反対姿勢を示しています。しかし、国家戦略特区を制定するシステムに医師会が入り込むことは難しいのが現状です。唯一、国家戦略特別区域諮問会議に日本医師会が参加できる可能性がありますので、日本医師会の横倉義武会長に介入を進言しています。
 国家戦略特区に対し、来年度(平成26年度)の国の予算はわずか数千万円です。そんなわずかな予算だけでこれだけの大がかりなことをしようとするのは、規制改革だけが目的だと言えるでしょう。しかもバーチャル特区の概念導入もあり、やがて特区の枠を超えて全国の規制緩和の突破口に特区を利用するのではないかという危惧があります。

「何でもアリ」は許さない!
 神戸医療産業都市は、これまで神戸健康科学振興ビジョンに基づき構想の実現を図ってきましたが、策定から6年が経過したことからビジョンを改訂し、新たなグランドデザインを構築することが決まりました。
 ビジョン改訂検討ワーキンググループは、世界最高水準の医療が最適に受けられる神戸を目指して提案していますが、そこには医療の営利産業化、医療ツーリズムといった問題のみならず、神戸クラスター内の高度専門病院群を1つの医療機関として見なすことや、日本版メディコンバレー構想といった、国家戦略特区でおこなわれようとしている内容も含まれています。
 最近の報道では国家戦略特区は3~5か所で東京、大阪、沖縄が有力とみられていますが、神戸も有力な候補であることは変わりません。
 とにかく、現状の神戸の国家戦略特区構想と医療産業都市の新しいビジョン改訂(骨子案)には、医療を営利産業と見なす内容が含まれており、通常の医療・福祉のさらなる充実を求める神戸市民にとっては危惧するところであります。
 神戸市民を「物」のように扱う計画は、断じて許すことができません。神戸市医師会は兵庫県医師会、日本医師会と連携し、医療に関わる規制緩和に対し、①特区といえども医の倫理を遵守すること、②特区といえども医療を営利産業とみなさず、国民皆保険制度を堅守すること、③特区といえども医療の安心・安全を確保することの3原則を軸に、神戸市民の生命と人権を守るべく活動を続けていきます。

※取材日2014年2月6日


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