第二回 兵庫ゆかりの伝説浮世絵

20140407001

中右 瑛

白鷺城 宮本武蔵の古狐退治・行方不明の家宝の刀剣見つかる

又三郎は白鷺城の天守閣に棲みついた妖怪・古狐を退治し、天守閣のご神霊・刑部姫(おさかべひめ)から刀剣をもらい喜び勇んで持ち帰ったのだが、これが災難の因となることを知る由もなかった。
翌朝、又三郎は、ことの次第を組頭に報告し、刑部姫からもらった刀剣を手渡した。そのことは組頭から…家老へ。ところが、この刀剣は、実は代々城に伝わる家宝で、長らく行方知れず……となっていたもの。ことは面倒になった。又三郎に嫌疑がかかり、ついに又三郎は、城主、家老、重役陣ら多勢の前に呼び出されたのだ。詮議が始まり、又三郎は窮地に追い込まれた。
そのとき満座の中から又三郎に声を掛けた者があった。
「おう!宮本武蔵どのでは……」
剣豪で名高き武蔵の名を、誰一人として知らぬ者はいない。詮議の場からどよめきが起こった。
「又三郎が……あの天下無双の二刀流剣士。武蔵だったのか」
一同、仰天した。
「なるほど……、武蔵なればこそ、悪狐も恐れをなして退散したのだ。まして紛失せし名刀も見つかった。武蔵の手柄、あっ晴れなるぞ!」
城主から、お褒めの言葉があった。続いて城主は、一時なりとも疑った自分の非をわびた。
疑いは晴れた。それどころか、ただの若侍を装って諸国武者修行を積む武蔵に、一同感服した。
家宝の紛失で、あわやお家断絶……というとき、武蔵の働きでお家は救われたのだ。城主は武蔵に恩賞を与えるという。しかし武蔵は一切を辞退し、その日の夕刻、太陽が大きく傾いたころ、どことなく去って行った。再び諸国武者修行の旅に出立したという。
白鷺城の天守閣に棲みつき悪事をほしいままにした古狐だったが、武蔵に退治され大団円となった。天守閣は平安無事。刑部姫の御神霊はいまも天守閣に大切に祀られている。

丹波山中で妖怪退治

再び諸国武者修行の旅に出た武蔵は、丹波の人里離れた深山に差し掛かった時、木から木へと飛び移る奇っ怪な獣と遭遇した。武蔵に飛びかかり武蔵の首根っこに食いかかろうとする。とっさに武蔵は獣を払いのけ取り押さえた。
図は、「丹波の国の山中で年ふる飛衾(のぶすま)を斬図」とある。「のぶすま」とは空を飛ぶ夜行性のムササビのことで、浮世絵師・国芳は編幅(こうもり)をイメージして描いている。
巨大な古蝙蝠の怪奇な形相、真っ赤な口、ギャーという不気味な鳴き声が聞こえてきそうだ。刃を持った武蔵の漲(みなぎ)った形相。迫力あるダイナミックな画面構成である。
丹波での妖怪退治の物語は、実際にあったかどうかは不明だが、ヒーロー・宮本武蔵が登場する妖怪退治の武者絵に、江戸っ子たちは拍手喝采したに違いない。

「美家本武蔵・丹波の国の山中で年ふる飛衾を斬図」歌川国芳画

「美家本武蔵・丹波の国の山中で年ふる飛衾を斬図」歌川国芳画

■中右瑛(なかう・えい)

抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。
行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。


ページのトップへ

目次 2014年4月号