神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第54回

剪画・文
とみさわかよの

声楽家
岡田 征士郎(おかだ せいしろう)さん

 日本語の歌詞をまっすぐに歌い上げる、バリトンの岡田征士郎さん。この方に掛かると、リズミカルな曲も朗々とした曲も、言葉は明快に耳に届きます。「もともと僕は歌だけの人間ですから」とおっしゃる岡田さんですが、震災を機に生まれた歌曲や日本歌曲の演奏、CDのプロデュースなど、多彩な活動しておられます。お声同様、いつも颯爽とした岡田さんにお話をうかがいました。

―神戸とのご縁は?
僕は大阪出身ですが、37歳の時神戸に土地を得て移り住みました。間もなく神戸アーバンオペラで役をいただき、神戸・兵庫の音楽団体にも迎えていただきました。神戸は音楽家同士の仲がいいし、お客様はあたたかいし、とても活動しやすいまちだと思います。

―神戸は真の文化都市だ、神戸の芸術家はすばらしいといつもおっしゃっています。
神戸市は平成16年に文化創生都市宣言をしていますが、これはすごいことです。阪神・淡路大震災を体験した都市が、「文化・芸術が人の心を支える」と宣言したのですから。あの頃被災地では、様々な芸術家が活動した。僕も仲間と、震災から生まれた歌を歌いました。震災を体験した人間が正面から「音楽は生きる力になるか?」と問いかけたんです。

―震災を被災地の詩人が表現し、被災地の作曲家が曲を付け、被災地の歌い手が歌うという取組みでしたね。
これは被災地に、作曲家の中西覚さんが居られたからできた仕事です。僕は玉川侑香さんの詩による「イモトのおっちゃん」を、何度も歌いました。客席のすすり泣きを聞いて、これはいけないかな?と思ったものです。でも涙を流すことで、お互いに共感し合える。同じ歌曲集に収録された伊勢田史郎さんの詩「行列」には、どんな時でも他人を思いやる神戸市民のすばらしさが表現されています。こういう光景を芸術家も市民も目にしているから、通じるもの・伝わるものがあったのでしょう。

―中西先生は「兵庫から日本の歌曲を発信する」と、たくさんの曲を作られています。「神戸波の会」では、ご一緒にお仕事をされていますね。
神戸波の会は、1968年から続いている日本歌曲の研究・創作・演奏を行う団体です。芸術歌曲は、詩人が具体の世界を広げ、音楽家が抽象の世界を広げる、その合体で生まれるものです。日本で「歌曲」ができ始めたのは明治の後半、滝廉太郎や山田耕作の時代ですが、それ以降の日本にはすばらしい歌曲がたくさんある。僕は第3代波の会会長になった時「神戸を日本歌曲のメッカにするのが夢」と決意を述べましたが、既存の歌曲だけでなく会員作曲家や地元作曲家集団の曲なども発表しつつ、幅広く活動してきました。

―本格的な日本歌曲のCD制作にも、関わっておられるとか。
ファウエムミュージックコーポレーションの『CD日本歌曲全集』の企画に参加しています。編集や歌い手の人選などに関わるほか、レコーディングの立ち会いも務めています。現在第8集までが発行されており、音楽誌『レコード芸術』で畑中良輔さんがたいそう評価してくれました。

―今後の夢、したいことなどは?
個人としては、独唱会がしたいなあ。でも僕はいつも、日本歌曲のあり方というものを考えている。詞のあり方、作曲のあり方で聴く人によりアピールする力のある作品ができないか。声楽演奏会が、もっと聴衆を引き付けることはできないか。これからも、そんなことを模索する日々が続くんでしょうね。 (2014年4月8日取材)

日本歌曲の普及に情熱を注ぐ岡田さん。一番好きな神戸のまちで、これからも活動は続きます。

とみさわ かよの

神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。


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目次 2014年6月号