触媒のうた 41

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字・六車明峰

 

「異人館をお世話したのはぼくなんです」
田辺聖子さんは結婚当初の一時期、神戸の異人館に住まわれたことがある。宮崎翁、その異人館をお世話なさったというのだ。この話をお聞きして、わたしちょっとネットで探ってみました。すると、産経新聞記者の石野伸子さんという人のページに行き着いた。これはまた偶然。というのも、石野さんにはわたし、過去に丁寧な取材を受けたことがある。記録していた子どもの口頭詩のことで、もう20年以上も昔だ。後にも別のことでお会いしている。縁ですね。
その石野さんの記事によれば、神戸文学館に資料があるということなので、わたし行ってきました。ところがここでも驚く偶然が。
応対して下さった館長の中野景介さん、
「昔、宮崎さんに連れられて、宍粟郡(現・宍粟市)一宮町で原始生活を体験させられたことがありました。イモリや毛虫を食べさせられましたよ」と。
中野さんは神戸新聞で宮崎翁の後輩記者さんだったのだ。そんなことで、親切に応じて下さり、資料も即座にお見せ下さった。
その資料。
田辺さんが昭和56年に産経新聞に連載された記事のコピーである。その中に、神戸時代のことが書かれている。
―私は結婚のはじめ、諏訪山の異人館に住んでいた。夫は異人館で私を釣ったといってもよい。大家族の中へいっぺんに抛りこんだらビックリしよるやろ、だんだんにならして、という意図があったのかもしれない。―
この話の異人館を宮崎翁がお世話されたというのだ。引用が長くなるが田辺さんのその後の文学にとって重要なところなのでもう少し。
―諏訪山は神戸の真上で、私の家の庭から中突堤が目の下にみえ、夜は沖縄ゆきの船が灯をつけて出ていった。大きい洋館で、古風なヨロイ扉のある窓は海に向って開かれ、背山にくる小鳥たちは庭に群れた。(略)そこで住みつかなかったのは、しかし、その美しさのせいではなくて、実生活では不便だからである。それだけの眺望をほしいままにするのだから、物すごい坂道を登らねばならなかった。石段なので車も上れない。(略)外から見るとツタのからまる美しい洋館だが実際に暮らすには大変であった。
しかし私は海の見える洋館が好きで、その情緒をたのしんだあまり、たくさん、女の子むきのロマンチック小説が書けた。(略)
私は生活の便利さの方をとって、下町に住み、気苦労の多い大家族の中に暮らして、海の見える洋館のムードを恋しがりながら、せっせとラブロマンスを書いていた。もし私があのまま異人館に住んでいたら、もうペンを折っていたにちがいない。小説を書くより、自分自身が主人公になってしまったように、ムードに酩酊してしまう。(略)―
宮崎翁、田辺さんの文人生命に大きく関わっておられたのだ。
しかし、ちょっと疑問がある。たしか宮崎翁は、田辺さんからの依頼で異人館をお世話なさったとお聞きしていた。そのこと質してみました。すると、
「だってぼく、そのころまだカモカのおっちゃんとはそれほど親しくはなってなかったんですよ」と。
もう随分昔のことで、今では確たる証拠もないのであろう。しかし、宮崎翁がこの異人館をお世話なさったことは間違いのないところ。
「ぼくの知り合いでドイツ人の未亡人にお願いしてお世話しました。ところが諏訪山の上の方で、不便な所でした」
諏訪山という地名が出てきて話が合う。
「しかしね、常時住んでおられたわけではないから、留守中に若い連中が入りこんで寝泊まりされたりということがありました」
これも事実のようで、田辺さんは平日は尼崎の実家で仕事をし、週末をこの異人館で過ごされたのだと。
「ぼく、そのお世話をした時に、田辺さんから記念の絵を戴きました。彼女が描いた異人館のスケッチ画です。いや、その住まわれた異人館の絵ではなかったんですけどね」
その絵、わたし見せて戴きました。水彩による素朴なスケッチ画である。41年5月8日の日付が入っている。41年といえば芥川賞を受けられて二年目だ。そして、結婚された年だ。間違いない。ご主人、カモカのおっちゃんには、亡き先妻さんとの間に四人の子どもさんがあり、最初は別居結婚だったと。後には、兵庫区荒田町に転居し、ご主人や子どもさんたちと同居なさることに。この時代を田辺さんは「生きていることがそのまま小説になりそうだったのは、昭和40年代の神戸だった」と語っておられる。宮崎翁、その頃の田辺さんに少なからぬ影響を与えておられたのだ。
つづく

20140709201

 

田辺聖子さんが描いた異人館のスケッチ画(宮崎翁蔵)

田辺聖子さんが描いた異人館のスケッチ画(宮崎翁蔵)

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。


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目次 2014年7月号